「田中さん……だっけ? 聞いてるよ。大変だな」

 母は事故で亡くなっている。父子家庭だから、母子家庭より経済的には楽なはずだが、実は母が借金を作っていたことが事故の後に判明した。その借金を父が払い続けている。結果、経済的な余裕どころか、むしろ逼迫し、生活費の補填と進学用の貯蓄のために娘――つまり私がバイトをする、というのが学校に申請したバイトをせざる得ない理由だ。

「でもな。一応決まりなんだ。別に毎日毎日暗くなるまで練習するような部活に入る必要はないから、どこでもいいから参加してくれないかな? 顧問や部長には君のことは説明しておくから」

 悩んだ挙げ句、部活は美術部に入った。地味な割に意外と部員が多く、私一人くらい居ても居なくても目立たないんじゃないかというのが強いて言えば入部の動機だ。

 実際、最初の2日くらいしか部活には顔を出していないが、誰からも何も言われていない。

 このように多少の紆余曲折はありながらも、4月はひたすらに田中伊織であることに慣れるために時間を費やした。

 少しずつではあるがクラスメイトたちとの会話が増え、なんとなくではあるがグループの末端くらいの目立たないところに居場所を作った。

 学校生活が少し落ち着いた頃、いよいよバイトの面接の日がやってきた。