この町に連れてこられてから、私はずっと家に籠もり、ファイルとにらめっこをし続けている。

 暇だから? それもある。新学期から完璧な田中伊織になるため? もちろんそうだ。

 だが一番は、高校の入学式まで自宅待機しているように命じられたからだ。やることと言えばファイルを見るより他にない。

 田中伊織は東海地方の私の聞いたことのない町で生まれた。

 サラリーマンの父と自宅でピアノ講師をしている母。まずまずの家だったんじゃないかと想像される。

 伊織はどちらかと言えば運動は苦手で、読書の好きな少女だったようだ。特技はバイオリン。もちろん私はバイオリンなんて弾けない。いや、弾けないどころか楽器を触ったこともなければ間近で見たこともない。だからこの特技は即刻封印することに決めた。

 ハイソな伊織の生活に異変が起きたのは、小学5年の時のことだ。父の仕事の都合で関西に引っ越してきたものの、関西の独特の風土が水に合わず、学校でイジメにあい、それ以来、引きこもりの日々を送るようになる。