「新しい生活を始めるに当たって、こちらで環境は用意する。住所、家族構成、通う学校や職場もだ。分かるな？」

　私は唾を飲んだ。

「間違えたことをしないように、嬢ちゃんにはしばらくは監視が付く。生活が軌道に乗って、もう一人で大丈夫ってなったら、晴れて自由の身だ。頭で分かってても、中々、決まりは守れねぇもんだ。監視されてるって考えたら窮屈だが、目立つようなあからさまな監視はしない。ほとんど意識することはないはずだから、辛抱してくれ」

　そういうことだから、とにかく帰んな。悪いようにはしない。そう促され、私は立ち上がる。いそとその部屋のドアの前に立ったところで、私は男を振り返った。

　このドアを出たら、男と会うことはあるのだろうか。

「あの……」
「何だよ、早く帰んなって言ってんだろ」

「多分、ダメなことなんだと思うんですが、それでもどうしても聞きたいので、あえて聞きます。名前……教えて貰えませんか？」

　はぁ？　男は天を仰ぐ。

「そんなの言えるわけねぇだろ。どうして俺の名前なんか知りたいんだ？」
「恩人だからです。この先、今までよりまともな生活が送れた場合、感謝しながら生きていきたいんです」
「ったく。意味分かんねぇなぁ。じゃあなぁ……佐藤だよ、さ・と・う。それでいいだろ？」