なるほど。私は納得した。

「さぁ、用事が済んだら帰った帰った」

 男が私を追い立てたところで私は一つの大きな要件を思い出した。

「ちょっと待ってください。母にも新しい人生が欲しいんです。私と母は母子家庭です。2人で静かに暮らしたいんです」

 それが当初の目的だ。決して一人だけ逃げ出そうと思ったわけじゃない。

「それは無理だな」
「もう1日、ここを引き払うのを待ってください。母を必ず連れて来ますから」
「どっちにせよ、嬢ちゃんと一緒に暮らすことはねぇよ。分かるだろ? あれだけの項目の質問をして、親子揃って同じ家族のデータとマッチするなんてことなんて絶対にありえねぇ。少なくとも俺はまだ見たことはない」

「母にもあの生活から脱して欲しいんです」
「甘えんな!!」

 いきなり叱咤され、私は首をすくめた。

「新しい人生を歩むということは、今までの自分を全て捨てるということだ。文字通り全部だ。何もかもだ。新しい自分になった瞬間から、母親は既に嬢ちゃんの母親じゃねぇ。単なる見ず知らずのおばさんの一人だ。声をかけるなんてことは考えるな。生涯ずっと娘と名乗るってことも許されねぇ。どうしてだか分かるか?」