「じゃあ……」
「色々と準備がいる。嬢ちゃんがちゃんと田中伊織として安心して生活できる場所や環境を整える必要がある。それにはちーっとばかり時間がいる。嬢ちゃんは今まで通り生活をして、俺が迎えに行くのを待っててくれ。注意点も資料にまとめてその時渡すから、今は覚えなくていい。それと、この建物を出たら、今日かけた携帯はもう繋がらなくなる。嬢ちゃんの方からは連絡が取れないから、それは分かっておいてくれ」
「その時は、ここに直接来たらいいですか?」

「無理だ。ここは即刻引き払う」
「何故?」

 徹底していると思った。

「因果な商売なもんでな。場所を固定したらいろんな輩が寄ってくる。俺は客は選ぶ性分なんだ」

 意図が汲み取れず私は首をかしげた。

「分かりやすく言えば犯罪者だ。別の人間になりたいと思う輩の筆頭だろ。子供の頃の万引きや恐喝ぐれーは大目に見てやるが、俺は犯罪に手を染めた奴の世話はしねぇって決めてる」

「正義感が強いんですね?」
「違う違う。そういうのに売ったらすぐ警察が来ちまうんだよ。逃亡の手助けをしただとか、私文書偽造の斡旋をしただとか、あれこれ言われて商売ができなくなる。そういう同業者を何人も見てきた」
「あなたのような商売をしてる方が他にも?」
「一人じゃねぇから、同業者が共有で使えるシステムがあんだろ」

 男はパンパンとディスプレイを叩く。