「8万人だ」

 予想を越える数字に唖然とする。

「そのうち帰ってくる人間もいる。事故や事件に巻き込まれて残念ながら遺体で見つかる人間もいる。でも最後の最後まで行方が分からないままの人間も確実にいるんだ。そういう行方の分からない人間の人となりや経歴なんかが裏社会の流通に回ることになる。名前、年齢、身長、体重、血液型、家族構成、趣味、特技、交際遍歴から性癖まで、ありとあらゆる情報が紐付けされて――売りに出される。今、俺があんたの情報を打ち込んでるこのシステムにはそういうリストが入ってる」

「じゃあ、私が他人になったら、私という人間は消えてなくなるんですか?」

 私が見ず知らずの誰かになれば、胡桃山美月となって生きていく人間がいなくなる。

「そこはこれだよ」

 男は置きっぱなしになっていた貯金箱をつついた。

「金だ。俺が買ってやる」

「じゃあこれでお金の心配は……」

 あっさり解決して胸をなでおろしたものの、アホか、の人事で一蹴された。

「高く売れるようなもんだったら最初から手放そうたなんてしないだろうが。嬢ちゃんの人生なんてせいぜいが手付け程度だ。それでも差し引きすりゃあ少しは安くなる」