「買います」

 そう言い切っていた。どんな手段に出ようとも、このチャンスを逃したくはなかった。

「私に新しい人生をください」

 また男がカカと笑った。

「いい返事だ。いいか? 今から言う場所に来い」
「あの……母を連れて行きたいんですけど」
「今、一緒にいるのか?」
「いえ、まだパートをしています」
「ダメだ。今すぐだ。時間はない」

 分かりましたと返事をするしかなかった。今はとにかく男の話を聞けばいい。その上で改めて母と2人で男の元に赴けばいいと、その時は思っていた。

「で、今はどこにいる?」

 現在地を伝えると、男は今いる場所までの道のりを唐突に説明し始めた。

 説明は一度だけだ、ニ度目はないからなと、いきなり釘を刺された。メモ帳もペンも鞄の中にはあるが、都合よく手元に用意されているわけではなく、ただただ私は頭の中に道順を叩き込んだ。

 電話を切ると、忘れる前にたどり着きたくて、私は走った。