母には逃避行の日程やコースを変えることはできず、それでも何とかしたかった。古川が若い見ず知らずの女を見かけると声をかけることを知っていた母は、古川と私が接触することを恐れていたのだ。
　
　まさに苦肉の策だったのだろう。占うという状況を強引に作り出し――恐らくは何度も路上に占いの店を出し、私がそこを通らなかった――、私に忠告をした。あの男に気をつけろ、心を許すなと。

　その甲斐なく、私は古川と出会ってしまった。ただ挨拶を交わした程度ならすぐに忘れていたかもしれない。しかしネチネチと付きまとわれ、私の脳に強烈な印象を植え付けてしまった。

　母が知っている以上、佐藤もまた古川の居場所を把握していたと考えるべきだ。その上であえてあの町を選んだということは、佐藤には母とは別の思惑があったということだ。

　佐藤は――私と古川を引き合わせたかった。

　何故？　私は息を飲む。あの事件を起こしたかったからか？

　でもあの事件に行き着くには想像を絶する多くの必然と偶然が噛み合わなければならなかったはずだ。

　陵と私で田中伊織という人間の人生を共有させた。同じ店でバイトもさせた。でもそれだけで私と陵が惹かれ合うということにはならないし、離島で陵が目と鼻の先に住むように仕向けたとしても、陵が私に対する愛を失っていたら、古川が犯人だということを決定づけるあの報告書を見せることもなかった。