古川が今田と名乗っているということは、彼もまた別人となって新しい人生を生きているのだろう。父親でもかばいきれない事態に陥ったのか、父親が定年退職をしてしまい、父親が警察官だという武器が使えなくなり、今までのしっぺ返しを恐れて古川雄大という人間の人生を捨てたのか。

 その今田――古川雄大が、今、この瞬間、どこにいるかは分からない。海鮮丼を食べた時には商店街にいた。ということは、業務中、ずっと漁協の事務所にいるわけではないということになる。

 でも、これが神の思し召しというならば――古川に会える気がしていた。
 
 さすがに夕方以降の漁港は寒く、私はコートにファスナーをできる限り上まで閉めた。

 ゆっくりと周囲を見渡す。私が声をかけられた埠頭の先にも視線を向ける。古川の姿はない。焦りはない。そうそう見つかるとは思っていない。

 私は歩き始める。まずは建物と逆方向。波止場の漁船の前を通る。時間が時間なだけに人気《ひとけ》はない。

 埠頭の根元まで来て、その先端に視線を向けた。今も釣り人が何人か海に糸を垂らしているが、ここにも古川らしき人物はいない。
 
 まぁ、そんなもんだ。一つ息を吐き、建物の方へと進行方向を変えた。宮内漁港はそんなに大きな漁港ではない。ほどなくして三階建ての古びた建物が見えてくる。

 建物の入り口が見えるギリギリの位置で立ち止まり、スマホで時間を確認する。夕方の4時を少し回ったところだ。