トントン拍子という言葉があるが、今ほどそれを痛感したことはない。

 陵の家を飛び出した私は、自分の家に戻った。引きこもるためじゃない。戦うためだ。

 私はキッチンから包丁を一つ手にし、刃をタオルで巻いた。それを鞄に入れ、財布の中身も確認し、家を出た。

 あいにくバスはついさっき出てしまったばかりだったが、近所の後藤という老婆が港からタクシーで兼富地区に戻ってきているところだったので、迷わずそのタクシーに飛び乗った。港で連絡船のチケットを買うと、その船は10分後に出港することが分かった。

 本土の港から最寄りの駅へのバスも、電車の乗り継ぎも、最速といって構わないつながりのよさで、気づけば最寄りの駅から宮内漁港へ向かうタクシーの後部座席に収まっていた。
 
 タクシーに揺られながら、鞄の外からでも確か感じる包丁の柄に手のひらを当てながら、順調過ぎるほど順調な道のりを思い出していた。

 これは神の思し召しだ。あのクズ野郎に鉄槌を下せと神は言っている。

 自分がとんでもないことをしようとしていることは分かっている。時間が経てば怖気づくだろうかと冷静な自分がどこかにいたが、意に反して今尚、体は震えている。怖いのではない。武者震いだ。

 私は漁協の建物の少し先にいったところでタクシーを降りた。