木々で人影は見えないが、斜向かいの家の玄関のドアが閉まるのが見えた。

 唯一、挨拶を済ませていない若者が住むという家。
 
 何度かチャレンジして会えない時点で半ば諦めていた。どうせここに長くはいないし、その若者だっていつまでこの島にいるかも分からないし。 

 普段なら見てみぬふりをしていたはずだ。もしこの先、顔を会わせる機会があったならば、何度かお伺いしたんですが――という枕詞から始め、挨拶が遅れて申し訳ありませんと締めくくればいい。

 しかし、私は暇を持て余していた。

「仕方ないなぁ……」

 私はため息をつきながらも、手土産に手を伸ばした。玄関に向かいかけ、慌てて洗面所に入った。鏡に自分の姿を映して、髪の毛の乱れなどをチェックする。メイクもしようかと思ったが、あまり気合を入れていると思われるのもしゃくだ。

 改めて手土産を手に家を出た。

 徒歩にして数秒。玄関先に到着する。表札は掲げられていない。どんな名前の人だろうか。ここに来て、インターフォンを押す指が緊張で震えた。