救世主が立っていた。本名は知らない。中年で、中肉中背で、少し堀の深い顔。無精髭も健在だ。いつもはカジュアルな服装なのに、今日は茶色のジャケットなんか羽織っていた。そういえば少し白髪も目立つようになった。

 私はこの男のことをほとんど何も知らない。実名も年齢も家族構成も。それなのに何度か会い、助けて貰った。佐藤というどこにでもある偽名を名乗っていることだけが、私は知っている全てといっても過言ではない。

 今田がそんな佐藤を見て、ポカンとしている。
 
「――父です」

 私は佐藤を指さし、とっさにそう口にしていた。この際、父でも彼氏でも旦那でも兄弟でも何でもよかったのだ。ただ見た目で一番違和感のなさそうな呼び方をしただけ。

「娘に何か用ですか?」

 父と呼ばれてとっさに合わせてくれたのだろう。佐藤は私のことを娘と呼んだ。

「ぼ、僕はただ……一昨日、たまたま港で娘さんと知り合って、この店を紹介しただけだよ。今日、偶然ここで鉢合わせしたから、感想を聞いてただけで……」

 佐藤の目力(めぢから)に今田が一歩後退した。
 
「それだけですか? 他に用がないのであれば失礼します。いいですね?」

 最後の最後まで今田は佐藤の雰囲気に呑まれ、ぐうの音も出なかった。ただ黙って立ち尽くしていた。

 行こう、と佐藤に腕を捕まれ、私は商店街を後にした。