誘われるように私は突端に向けて防波堤を歩き出した。

 歩き始めて進むごとに風が強くなり、波の音も増す。さすがに12月の目前ともなれば風が冷たい。

 防波堤のすぐ外側にはテトラポット。波がテトラポットに打ち付けている様は、何とも呑気だ。

 外海に向けて竿を垂らしている数名の釣り人の背中を無言で通り過ぎ、ほぼ先端まで行くと、風にもてあそばれる髪を必死で手で押さえ、ただまっすぐに海に目を向けた。

 遠くに巨大船舶が一隻、浮かんでいる。でも、それ以外に水平線を遮るものは何もない。

 本当に何もない。街も人も喧騒もしがらみも噂も憶測も――誰が誰を殺したとか、誰が誰に殺されたとか、どちらにせよ何ら生活に影響もないにも関わらず無駄に騒ぎ立てる傍観者も。

 父の事件がきっかけに、私たち親子は定住することなく転々と住所を変える日々を余儀なくされた。外出は控え、生活音や私たち自身の気配さえも――可能な限り出さないよう心がけた。

 挨拶はすれど、個人情報は漏らなさない。目指すのは、差し障りのない存在。いてもいなくても関係ない空気のような存在。

 細心の注意を払っていたはずなのに、それでもどこからともなく父の事件が知れ渡り、陰口を叩かれ、時には悪しざまに罵られた。