会社の方は、体調不良だとか熱が少しあるだとか、症状を曖昧に伝えて休みを取り続けてはいたものの、もう少しで私は田中伊織ではなくなるのだと、そう考えたら急に馬鹿らしくなってしまって5日目以降は連絡を入れていない。

 ある程度予想はしていたものの、もはや私には何の期待もしていないのか会社からの連絡でスマホが鳴ることはなかった。
 
 佐藤が私のところに訪ねてきたのは、このホテルに滞在するようになって半月ほど経った頃だ。

 最初、ロビーからの内線があった。

「佐藤様という男性が会いたいと申しております。お通ししてもよいですか?」

 承諾し、佐藤が部屋に到着するまでの数分間は本当に胸がドキドキした。

 ドアがノックされ、佐藤を室内に招き入れる。両手には大きな鞄。顔を見た瞬間は、佐藤にしては珍しく神妙な顔をしているなと思った。そんな顔をしておいて、すぐに本気なのか冗談なのかニヤけた様子で説明を始めるのかと思いきや、いきなり土下座されたので驚いてしまった。