諦めかけたその時、相手が電話を取った。

「あの……」

　佐藤さんの携帯ですか？　そういう前に相手から返事があった。

「嬢ちゃんどうした？　制服のサイズが合わなかったか？」

　一体、いつの話をしているのだ。佐藤の声に泣きそうになり、制服のサイズの話で笑いそうになった。いつまでたっても佐藤という男はつかみ所がない。いつもドギマギさせられる。

「嘘つき」
「はぁ？　そんなにサイズ違ったのか？　おっかししぃなぁ」
「制服の話はもうですって。とっくに卒業して制服は脱ぎました。今着たってコスプレになっちゃいます」
「おぉ。もうそんなに成長したのか」

　当たり前のことをあたかも驚いた口調でいう佐藤に少し救われた。

「そんな話をするために電話したんじゃないですよ」
「だろうな」

　そして私は説明した。もう一人の田中伊織という男がいたこと。彼と付き合い、結婚する約束をして、婚姻届を書いたものの、戸籍が1つしかなく、役所で受理されなかったこと。そして――そのもう一人の田中伊織こそが、父を殺した殺人犯の息子だったこと。1秒の違いもなく、全く同じ時刻に――システムから田中伊織の人生を手に入れていたこと。