10分ほど大通りを歩いただろうか。

 そういえば――ふと思うことがあり、私は鞄を開け、中から財布を取り出した。

 母から買って貰ったビニール製の財布だ。安っぽくて今となっては少々恥ずかしいものの、どうしても捨てることができないまま、今に至っている。

 いくら母とは他人となってしまったとは言え、私を産んでくれた人であることに変わりはない。 

 今頃、どこで何をしているのだろうか。考えても仕方がないことだとは分かってはいるものの、一度、考え出すと、思考を止めることはできなかった。

 両親はほとんどケンカをしなかった。きっと幸せな家族だったのだろう。それが1つの事件でガラリと様相を変えた。

 ただただ苦しかった日々。周囲の顔色を伺い、息を殺すことが、私と母のできることの全てだった。

 そこまでしても同じ場所に居続けることが許されず、逃げ出すこともしばしばだ。

 最初はどこかそんな自分の運命を受け容れていたものの、ある時から納得がいかなくなった。

 何も悪いことをしていない私たちが、どうして逃げ出さなければならないのか。

 何度も胡桃山姓を捨てようと母に進言した。でも頑として母はそれを受け入れようとはしなかった。

 もう限界だった。

 私は――母を捨てた。胡桃山姓から逃げ出したのだ。

 だから母親を思い出す資格なんて私にはない。

 何度か頭を振り、母への思いを断ち切り、財布を開けた。

 探しているものはすぐに見つかった。財布の内ポケットに綺麗に折畳まれた状態でしまってあった紙切れだ。