何も言わずジッと私を見ている。彼なりに心配しているのだ、多分。

「彼も別人の人生を買ってた」

　できるだけさり気なく。それだけを私は口にする。

　哲史の目が見開いたのが分かった。

「驚いたな」
「しかも、どうしてかは分からないけど、私とダブってた。ダブルブッキングっていうの？　とにかく結婚できなかった。婚姻届が受理されなかったんだ」

「……そんなことが？」
「あったんだよ」
「で、君は自分のことを彼に話したのか？」

　首を横に振る。何も話してない。そう答える。こっちから何か話す前に向こうからそんな話が出ちゃったから、何も話せなかった。

「よくやった。秘密を話してしまったら――その先は分かってるよね？」

　コクリうなずく。待ち構えているのは逃げるだけの人生だ。もちろん一生、陽のあたる場所では暮らせない。

　哲史がソッと頭に手を乗せてきた。

「頑張ったね。もう……大丈夫だから」

　軽くポンポンとされると、自然と涙が溢れてきた。

「会社や周囲には、彼の浮気が発覚して、別れたということにしておけばいい。しばらくは同情の目があって落ち着かないかもしれないが、僕や君ならそんなの全然耐えられるから」