「ど……どうしたの?」
「だからごめん」
「意味分からないよ、いっちゃん」
「僕は……」
 そこで言い淀む。
「僕は……田中伊織じゃないんだ」
「田中伊織じゃ……ない?」

 それは私のセリフだ。なのに――どうして。

「父親が起こした事件で、僕はそのままではいられなくなった」
「事件?」

 全て私の話そうとしていた内容と重なっている。怖い怖い怖い。

「僕の父親は――馬酔木和成と言って、胡桃山健志さんという人を殺して起訴されたんだ」 
「……嘘」

 こんな因果って――。

 私が田中伊織のこの先の人生を買うに至ったのは、周囲から怯える日々に耐え切れなくなったからだ。その発端は、父が殺された事件にさかのぼる。