名字を変えれば楽になれることくらい、母だって理解しているはずだ。踏み切れないのは、母は名字を変えることが父への裏切り行為だと感じているからだ。

 でも、私は違うと思う。父は本当に家族思いの人だった。私たちが苦しんでいるのを父が知ったら、さっさと胡桃山姓なんて捨ててしまえと言ってくれていたに違いない。

 父のためにも私は幸せになってやる。そのためにも私はいつしか新しい人生を歩んでやるんだと考えるようになっていた。母には悪いが、胡桃山姓には愛着も未練もない。むしろこのような状況になってしまえば、忌々しさすら感じてしまっている。

 成績は悪くないのに、私より成績の悪いクラスメイトたちが高校への進学を決めている中、就職を選ばざるを得なかったこともそう。

 でも母の雀の涙のような収入では、高校なんて通えるはずもない。奨学金を利用するという手もあったが、身の上がバレた時、高校では安易に転校なんてできなくなる。逃げることも許されず、教室の端で必死に罵詈雑言に耐え続ける自分を想像して、私は体が震えた。