目の前のネックレスが買えるほどではないだろうが、通帳にはそれなりのお金が残っている。大丈夫。佐藤には感謝しかない。

「いおが欲しい」
「へ?」

 意味が分からなかった。

「映画見た後に、あんまりいおが可愛くて、思わず手を繋いでじゃって……。でもその時、思ったんだ。ずっといおと手を繋いでいたいなって。だから――」

 彼がまっすぐ私を見た。

「――僕の彼女になってくれませんか? 僕と付き合ってください」

 ネックレスの箱を差し出して、頭を下げる彼の姿が徐々にぼやけていった。

 あれ? と思って目をこすった。ただ目がかすれているだけだと思ったのだ。でも違った。かすみは取れず、指先が濡れた。

 泣いているのだと自覚すると嗚咽せずにはいられなかった。

「どうした? そんなに嫌だった?」

 心配して彼が私の肩を優しく撫でた。

 うまく言葉にできず、私はただただ首を横に振った。違う。そうじゃない。嫌なんかじゃない。信じられないのだ。恋愛なんてとうの昔に諦めていたのだから。

 親の事件のことを話せば、相手の態度が変わる。秘密が周囲に漏れれば――もうその町には住めなくなる。

 生きていくために、ずっと心に蓋をし続けてきた。必要以上に仲良くならない。男女問わず誰も好きにならない。友達なんか――求めない。