「こんばんは。珍しいね」

 感情を押し殺し、必死に普段通りの顔をしたのは、全て私の意地によるものだ。できる限り余裕綽々で、お澄ましした顔を見せ続けてやる。彼の前で泣いてたまるか。弱いところを見せてやるものか。高いプライド。邪魔なプライド。

「ごめん」

 いきなり彼は頭を下げてきた。これはさすがに予想しておらず、私は分かりやすくうろたえた。

「ちょ、ちょっと……えぇ!?」

 彼は頭を上げない。頭がついていかない。

「何に対して……ごめん?」

 確かに小さな心当たりくらいは数多《あまた》ある。

 不用意に手を繋いでしまったこと。そして私がその気になってしまったこと。メッセージをぞんざいに送り返してくること。バイト先であまり目を合わせなくなったこと。あとは――。

「誕生日に間に合わなかったから」
「誕生日?」
「8月だろ?」

 そうだ。8月19日だ。佐藤から貰った資料ではそうなってる。彼にも誕生日を聞かれてそう答えていた。胡桃山美月の誕生日でもある7月22日と言わないよう、気をつけたことは記憶にそう古くはない。