私はその日も、普段通り夜の十時にバイトを上がり、自転車置き場に戻ってきていた。

 桜木の宣言通り、LED照明に替えられたのは、まだ半月ほど前のことだ。昔の黄色の電球色じゃなくて、今どきの白い昼光色。

 さすがに明るい。眩しいくらい。

 もうこれで鍵穴をスマホのライトで照らす必要はない。

 そんな夜でも見通しのいい自転車置き場に人影があることに、私は店を出て、早々に気づいていた。

 バランス的に少しイカリ気味の肩や、羨ましくなるくらいに細い足。

 顔なんて見なくても、すぐに誰か分かってしまった。

 彼だ。もう一人の田中伊織だ。私をその気にさせといて、さっさと距離をとってしまった人。

 今日はバイトにも入っておらず、休みなんだと思っていた。最近はむしろ顔を見ない方がホッとするようになっていたくらいだったから、その彼が自転車置き場にいることにドキリとした。

 忘れ物を取りに来たのというのは考えにくい。ならば私に何かを言いにきたのか。億劫さがにじみ出ているメッセージアプリのやり取りが真っ先に脳裏に浮かんだ。

 もうメッセージを送られてきても困るんだ。鬱陶しいから止めてくれ。

 言うとしたら――そんなところか。

 彼に近づくにつれ、泣きそうになった。これでいよいよ彼との恋の可能性が全て断たれる。