「でも……」

 釈然としない。母の顔にはそう書いてあった。

「とにかく――」

 岡本がドンと机を叩いた。その上で深々と頭を下げた。

「これが私どもの精一杯です。この事件で受けた被害の分を差し引いた残りだと思って貰うしかありません」
「何で私たちの分が差し引かれなければならないんです。これっぽっちのお金でこれからどうやって私と娘は生きて行けばいいんですか?」

 父は大卒からこの会社にお世話になっていた。そして工場長まで務めた人間だ。会社の意向にそって不手際の多い取引先を切ろうとしただけ。父に落ち度はないはずなのに。

 それからも母は食い下がったが、岡本も竹岡も、申し訳ありません、と謝罪を繰り返すばかりで、とうとう母の方が折れた。

「もう結構です。帰ってください」

 2人が帰った後、母は私に言った。

「美月《みつき》……ここを出てどっか行こ。私たちのことを誰も知らないところに」

 胡桃山美月――それが私の名前だ。

 母はなるべく遠くに住むつてに連絡を取った。しばらくの間でいいからお世話になれないかな。渋る人もいればおいでと言ってくれる人もいた。