パキっ。

ガサガサっ。


えっ?

何? 敵なの?


体調に気を取られていて、こんな時間だということもあって周囲を全く警戒していなかったあたしたちの後ろから、急に人が現れた。

昇さんは瞬時に刀を抜いて、同時にあたしをかばうようにしながら振り向いた。

あたしはその陰に隠れるしかできなかった。

だけど。


「おおお、やっぱ松田だべ!」
「阿久津か!おお!山根も、そっちは向井か!無事だったんだな」
「おおよ!向井がな、夜中に焼魚の匂いがするって言っでよ、腹が減りすぎておがしくなったんだろってこづいてもきかねぇもんだから夜明けで言う通りの方向に歩ってみたんだけんども。やー、兵長殿が犯人だったとはなぁ」
「兵長はよせって何度も言ってるだろ」


わあ、どうやらお仲間みたい。

野太い声が夜明けの冷えた空気を一気に熱くする。


「ところで松田。その後ろの若けえのは?」
「ああ」


わわっ。

どうしよう。

心の準備が出来てないよ!

自己紹介、えっと、軍の自己紹介って、どんなだっけ…


「こいつは古賀だ。古賀生男。行き倒れていたんだがどうも爆風にでもあてられたのか、名前しか憶えていないらしいんだ」
「生男、このむさくるしいやつらは阿久津に山根、向井だ」
「よ、よろしく頼むでありますっ!」
「ははは、なるほどサマになっでねえや!憶えちゃねえのは気の毒だが生きててなんぼだ、おもしれえ」


あたしは精一杯の低い声で、軍人ぽく挨拶したつもりだったんだけどな…


そのあと阿久津さんたちは昇さんが止めるのも聞かずに、残っていた魚を食べ尽くして、案の定、歩き出してから3人全員が不調を訴えて、その日は殆ど距離を稼げなかった。


つまりは、湖の水じゃなかったってことみたい。

熱に強いばい菌がいたか、生焼けか、もしくは飢えで弱った胃腸にがっつり魚は重かった、そんなところだという話で落ち着いた。

補給のない生活は、こんなふうに始まった。