「婚活にバスツアーがあるとは驚いたな。お前が参加したことにもびっくりしたけど。今、婚活で何人の女と会ってるんだ?」
 電話で近藤に訊かれて、賢介は頭の中で数えてみる。アニメ系シンガーソングライターの風祭さやか、化粧品販売をしている若槻愛子、婚活バスツアーで出会った銀行員の高橋響子ともその後に一度食事をした。同じバスツアーにいた二十八歳の中西森栄にもダメモトでアプローチしてみたが、「ごめんなさい。私、やっぱり同年代かせめて三十代の男性とお付き合いしたいので」とあっさり断られた。バスの中での会話と違うじゃないか。反論したかったが、もちろんできない。
「三人、かな」
「最初のM女も入れてか?」
「沙紀さんは数には入らない」
「同時進行で三人も会わなくてもいいんじゃないのか?」
「同時進行で五人と付き合っているお前に言われたくない」
「オレは、全員本気だからな」
 いつものせりふが返ってきた。本気ならば何人と付き合ってもいい、というのは近藤だけの理屈ではないか。
「石神は結婚したいんだよな?」
「したい」
「だったら、婚活パーティーやバスツアーに何度も出るんじゃなくて、一人にしぼってじっくり付き合ったほうがいいんじゃないのか?」
 そのことには賢介も気づいていた。婚活は常習化する。婚活パーティーは、一度参加すると、また行きたくなる。最初は恥ずかしい。日本のモテない男の代表として会場にいる気がするのだ。
さらに、仕事関係の知り合いに知られたらどうしよう、会場で昔の同級生と会ったらどうしよう、と心配する。
しかし、やがて慣れる。慣れると、楽しくなってくる。そこへ行けば、出会いを求めている女性が何人もいて、必ず会話ができるからだ。
 婚活は大学受験で失敗して浪人生活のときに常習化したパチンコに似ている。あの頃パチンコで負けても「次はきっと勝つ」と思っていた。球を打っている数時間、調子のいい時間帯もある。そこで希望を持ってしまう。周囲に調子のいいやつも見るので、「次はオレの番だ」とも思う。
 婚活パーティーも、十五人、二十人の女性参加者全員と会話をしていると、何人か話がかみ合う相手はいる。だから、その日は出会いに恵まれなくても「次はうまくいく」と感じる。帰りがけに、会場で仲よくなって一緒に帰るカップルを見ると「次はオレの番だ」と希望を見る。
 お見合いやパーティーで出会った相手とは、同級生同士や社内恋愛と違って、関係が希薄だ。それ以前の時間や感情を共有していないゼロからのスタートだし、相手のふだんの姿を見ることもない。だから、最初は相手に自分の理想を重ねてしまい、期待も大きい。しかし、当然、理想も期待も徐々に薄れていく。減点法だ。やがて理想は失望となり、「またパーティーで新しい相手を見つけるか」「また見合いを申し込むか」と思ってしまう。
 実際に、さやかや愛子や響子のうちの誰かをほんとうに好きなのか? 自分に問うと、自信はない、結婚相談所登録者やパーティー会場やバスツアーの参加者の中で賢介を受け入れてくれたのが彼女たちだったからという気もする。
「近藤、オレも誰か一人と成熟した関係を結ぶべきだとは思う。でも、誰にすればいいのかわからないんだ。決めるには、彼女たちの情報が少な過ぎる。婚活をくり返してもいいことがないとはわかってるけど、もっと魅力的な相手と出会えるかもしれない、と思ってまたパーティーに参加してしまう。見合いもしてしまう」
「婚活パーティー会社や結婚相談所の罠にまんまとはまっているわけだな」
「罠にはまっていると知りながら、抜け出せない。パーティーは、一度参加すると、誘いのメールがくるんだ。そこには〈今日は現状、女性が男性の倍の申し込みをいただいています。チャンスです!〉と書かれていることもある」
「うずうずしてしまうな」
「だろ? そこでがまんするか、行くか、自分との戦いなんだよ」
「戦いというのはおおげさな気がするけど、実際に心の中で葛藤はあるんだろうな」
結婚をしたいのか。婚活が楽しいのか。あるいはセックスがしたいのか。賢介の中で、もはやわからなくなりつつあった。