「では、前半の自己紹介をスタートいたします。私が合図をしたら、会話を始めてください。三分間が経過したら移動のアナウンスをします。パートナーをチェンジしてください。男性は右の席に移っていただきます。くれぐれも速やかなご移動を。一人でも遅い方がいらっしゃると、全体の流れが滞り、次の会話の時間が短くなります。私どもスタッフも、スピーディーな進行を心がけます。ご協力、よろしくお願いいたします」
 ここで二階堂はひと呼吸おいた。
「皆さま、ご準備はよろしいでしょうか。では、よーい、スタート!」
 パーティー開始の合図とともに、そこにいる参加者全員が、爆発するようにしゃべり始めた。それまでの静寂は何だったのだろう。右の男女も、左の男女も、真剣だ。おたがい前かがみになり、相手のプロフィールを見ながら質問の応酬が始まった。
 賢介は、かつてテレビの犯罪ドラマで見た刑務所の食事のシーンを思い出した。囚人たちは、広い部屋で、姿勢正しく着席していた。誰一人しゃべらない。そして、看守の合図とともに猛烈な勢いで箸を動かし、食事を口にかき込む。囚人たちは皆番号札を付け、その数字で呼ばれていた。
 賢介がそんなことを思っている間にも周囲は会話に励んでいる。
「はじめまして」
「はじめまして」
「よろしくお願いします! 十一番の平松健太郎です」
「こちらこそよろしくお願いします! 佐々木久美です」
 左隣の男女が挨拶を交わしている。
「あっ、佐々木さん、スポーツジムに通われているんですね。僕もジムで筋トレをやっています」
「週に何回くらい行かれますか?」
「三回行きたいと思っているんですけれど、仕事が忙しくて、二回がやっとです」
賢介はうろたえて左右をきょろきょろと見る。
「あのお……」
 目の前の女性に話しかけられて、われにかえった。
「あっ、失礼しました。十二番の石神です。よろしくお願いします」
 同じ十二番の札を胸に付けた女性に深々と頭を下げた。
「今日初参加で、まわりに圧倒されていました。すみません」
 あわてて言い訳をした。
「いえ、初めてだとびっくりしますよね。私、佐藤です。同じ十二番です」
 彼女のプロフィール用紙には「佐藤あゆみ」と氏名が書かれ、職業枠には「会社員」と記入されていた。それだけでは、どんな仕事をしているのかはわからない。
「会社員というのは、デスクワークでしょうか?」
「はい。経理をやっています。出勤から退社まで、会社から外へ出ることはほとんどありません。ランチも社員食堂でとります。石神さんは、ここに書いてあるように、ライターさん?」
「はい」
「雑誌の?」
「雑誌の仕事がほとんどです」
「どんなテーマがお得意ですか?」
「依頼されればなんでも書く、雑文屋です。政治も経済も文学も音楽も料理もダイエットもやります」
「今までご担当された記事で、何が一番印象的ですか?」
「そうですねえ……。自衛隊の特集でしょうか」
「えっ、そんな特集もやるんですか」
「ただし、僕は防衛の専門家ではないので、国防や軍備のような難しいページではなく、女性自衛官を集めて、自衛隊美女図鑑というページを作りました」
「自衛隊美女図鑑?」
「今までにやった仕事の中のあくまでも一つですが、自衛隊の広報室に依頼して、駐屯地の会議室に女性自衛官を集めてもらって、次々と撮影とインタビューをしました」
 ここで、パートナーチェンジの時間となった。
「お時間がまいりました。男性参加者の皆さんは、今のお席から一つ右側の椅子へ速やかにお移りください」
 二階堂の手にはいつのまにかストップウォッチが握られている。彼女は言葉づかいこそ丁寧だが、発声は刑務所の看守のようだ。賢介は佐藤あゆみとの挨拶もそこそこに次の席へ移動した。
「こんにちは!」
 席を移ると、すぐに目の前の女性が元気に挨拶をしてきた。
「はい。こんにちは、十二番の石神です」
「十三番の西宮です!」
 プロフィール用紙に「西宮由紀」と氏名が記入されていた。妙にはきはきしていると思ったら。職業欄に「保育士」とある。毎日幼児を相手にしている仕事だ。
「西宮さん、いいお仕事をされていますね。子どもがお好きなんですよね?」
「はい。でも、子ども好きだからといって、それを仕事にしてしまうと、けっこう大変です。あいつら、言うことはきかないし、おもらしするし」
 西宮由紀が子どもたちを愛情をこめて「あいつら」と言うのがおかしくて、賢介は思わず声を上げて笑った。
「僕も、幼稚園時代はおもらししました」
「やっぱりしましたか?」
「やっぱり、って、僕、おもらししたように見えますか?」
「いえ。やっぱりと言ったのは、私もしたからです。幼稚園生の頃、おもらしを」
「そうでしたか! 西宮さんに親近感を覚えます」
「ううーん、このことで親近感をもっていただいても、素直に喜べませんけど」
「あっ、西宮さん、このままでは、おもらしの話で終わってしまいます」
「いけない!」
 しかし、やがて時間切れとなった。
「はい。では、皆さま、お名残り惜しいとは思いますが、ここでお話をやめて、お相手を替えてください」
二階堂がきっぱりと言う。
「西宮さん、ありがとうございました。楽しかったです」
「こちらこそ」
 右隣の席に賢介が移動すると、目の前に沙紀がいた。
「石神君、楽しそうじゃないの」
 からかうような笑みを見せる。
「必死でやっているんですよ」
「ふうーん。石神君がさあ、あのちょっときれいな司会者をチラ見してるの、沙紀ちゃんはちゃんとわかってるよ」
 会話を交わしながら、沙紀とプロフィール用紙を交換する。
「えっ?」
 その時、賢介は自分の目を疑った。向かいに座る沙紀を見ると、彼女はにっと笑った。
「33歳」
 沙紀のプロフィール用紙には、黒の太字のボールペンでくっきりと書かれている。
 その下の婚歴の欄には「あり・なし」と印刷され、どちらかを丸で囲むようになっていた。沙紀は「なし」をボールペンで囲み、「あり」のほうは丁寧に二重線で消していた。
 賢介の知る沙紀は、四十歳で離婚歴二回だ。
「沙紀さん、これ、いいの?」
 賢介が小声で訊く。
「しっ!」
 沙紀は唇に右手人差し指をあてた。
「実年齢マイナス七つは、やり過ぎではないかと……」
「沙紀ちゃんは童顔だからいいの」
「童顔は年齢を偽る理由にはならないと思いますけど」
「しっ! 黙っててよ」
 沙紀は自分のプロフィール用紙を賢介の手から奪い返した。
「顔は若くても、内臓はきっと年齢相応ですよ」
「石神君、沙紀ちゃんの内臓、見たことないくせに。それとも見せてあげようか?」
 上目遣いでにたっと笑う。目の前の女が変わった性的嗜好の持ち主であることを思い出し、賢介は黙った。
「では、皆さま、お話をやめて、男性は速やかにご移動ください」
 二階堂がストップウォッチをにらみながら叫ぶ。移動を重ねる度に、口調が厳しくなってくる。マイクを通しているので、そんなに大声を出さなくても伝わるはずだが、司会者なりに高揚しているのかもしれない。
「ほらっ、石神君のお気に入りの女司会者が、移動しろ! と言っています。さっ、動いて動いて」
 沙紀は賢介を追い払うように右手をひらひらと振る。
 お見合いパーティー前半の自己紹介は、回転寿司店を連想させた。男性参加者はすしネタで、女性参加者は客だ。客は外側の席に座る。客の目の前を次々とネタが回ってくる。おいしそうなネタもあれば、まずそうなネタもある。
時間の経過とともに、ネタの鮮度は落ちていく。ずっとしゃべり続けるので、水分が減っていくのだ。自己紹介が後半に入り、賢介はどろーんと疲れていく自分を感じた。
 およそ一時間をかけて女性参加者全員と自己紹介を交わし、賢介は一周して最初の席に戻った。
「お疲れ様でした。男性はずっと動き続けなくちゃいけないから、大変ですね」
 最初に会話した佐藤あゆみが労をねぎらってくれた。
「佐藤さんもお疲れ様です。僕、要領がわからずおたおたしてしまいました」
初めて彼女と話したのが昨日のように思える。
「こういうパーティーは、慣れないほうがいいですよ」
 佐藤あゆみが笑う。確かに、お見合いパーティーのベテラン参加者にはなりたくない。