「よろしく。僕は田処健太郎。二十四歳。医学生だよ。でも、僕が興味あるのは、生きた人間じゃなくて死体」

健太郎は魅惑的な微笑みを浮かべ、そんな恐ろしげな台詞を吐いた。

「だから最終的には解剖医になりたいんだ。いづれ博士になるけど、今はまだ本物の博士じゃないから、君は『健太郎君』と呼んでくれればいいよ」

淀みなくスラスラと自己紹介を済ますと、健太郎は、ふぁーぁ、と大きな欠伸を一つして、「じゃあ、夕方ね」と手を振り建物の中に入っていった。

「あいつ、また徹夜で研究してたんだな」

その背を見送ると、やれやれというように朔が首を振る。

「――あのぉ、田処さんって、死体が好きなんですか?」

呆気に取られていたナオは、朔に対するバツの悪さよりも健太郎に対する好奇心の方が勝り、気付けばそう訊ねていた。

だが、さっきまで饒舌に話していた朔は、通常運転に戻ったかのように「まあな」と一言答えただけだった。

――ウルフに死体好き……ここは妖怪ランドかっ!

ナオが一人ツッコミをしている間に、朔は両手の荷物と共にどんどん先に行ってしまう。置いていかれては堪らないとばかり、ナオも急ぎ足でその後に続いた。



「土足でいいから」

観音開きの玄関を開け、中に入った途端、朔が言う。

リノベーションしたという屋敷の中も、外観と同じで、古風な雰囲気を残しつつ野暮ったさを感じさせないレトロモダンな造りになっていた。

「今、ここには博士の他に二人の入居者がいる」

吹き抜けの広いホールのあちこちには、その場の雰囲気を壊さないようなアンティークの調度品が置かれていた。

――どれも高そうだ。壊さないように近付かないことにしよう。

ナオがそんな決心をしている間に、朔はホールを抜け、そこから直線に伸びる廊下の突き当たりでナオが来るのを待っていた。

慌ててナオが駆け寄ると、朔は幾何学的な模様で彩られた美しいステンドグラスのドアを開けた。

「ここはリビング。その奥にダイニングとキッチンがある」

リビングも吹き抜けで、南壁面が全て窓になっていた。そこから降り注ぐ陽の光が眩しく、ナオは思わず目を細めた。

「シェアハウスと言っても、ここは朝食と夕食は基本一緒に取る。外せない用事がある時は連絡をくれ。食材を無駄にしたくない」

窓の外に広がる景色は、目にも優しい深緑の林だった。

「――それは、オーナーが作るということでしょうか?」
「朔でいい。何か文句でも? 料理は俺の趣味だ」

朔の睨みにナオがヒッと顔を引き攣らせていると、「あっ、朔ちゃんだぁ」と、ちょっとハスキーな声が聞こえた。

「お帰りなさい。この小動物みたいなおどおどした彼女、もしかして新しい入居者さん?」

ハスキーボイスの主はモデル並みにスタイルの良い、ユルフワなお人形みたいな人だった。

「あっ、朝田ナオです。よろしくお願いします」
「ボクは葵優希。よろしくね」
「こいつはこう見えて男だが、ゲイじゃないそうだ。だから気を付けろ」
「いやだぁ。男の娘だよ。それに綺麗な男性は好きだよ」

うふふ、と笑った顔はどう見ても女の子にしか見えなかった。

「――それに、ボク、女性でも……ブスは嫌い」