それから少しして、乗車していたワンボックスカーは、アイアン製の豪華な門の前で一時停車した。センサー式なのか門が自動で左右に開く。

――この人、自分のことを一般市民と言ったけど、大嘘吐きだ。

ナオは益々朔に苛立ちを覚える。

「この門から出入りするのは車の時だけだ。後で案内するが、シェアハウスの面々には東門を使ってもらっている」

再び車を走らせながら無愛想に説明する朔は、美月の言った“ウルフ”そのものだった。

――イヌ科イヌ属なら、マメちゃんと親戚なのに、可愛くない!

ナオは昔可愛がっていた近所の豆柴を思い出す。

それにしても……葛城家の敷地も広かった。整然と整えられた庭を見たナオは、やはりこちらも名家だと確信する。

そんな敷地の中を車は一分ほど走り、本宅と思しき屋敷からかなり離れたところで停まった。

「着いたぞ、下りろ」

朔はトランクから荷物を取り出すと、ナオを待たずに建物の方に歩み始めた。その後をナオは慌てて追いかける。

「この建物はひと昔前までダンスホールとして使っていたものだ」

目前の建物――西洋風のクラシカルな建物を見上げながら朔が話し出す。

ダンスホール? 浮世離れした単語だと思いつつもナオは冷静だった。これだけの豪邸だ、そういったものもあって然りと思い直したからだ。

「それをリノベして、シェアハウスとして生まれ変わらせた」

先程までとは違い、饒舌に話す朔。

「我が先祖の尊敬すべき点は、後世に引き継げる素晴らしい建物を残したことだろうな」

リノベとはリノベーションのことだろう。それぐらいはナオにも分かったが、彼がなぜそんな話を熱く語るのかが分からなかった。それでも話の腰を折るわけにはいかず、とにかくナオは黙って聞いていた。

「どうだ、この柱。実に美しいだろう?」

朔が愛おしげに撫でたのは、玄関ポーチから張り出した屋根を支える大理石の支柱だった。

「特にこのフォルム。艶やかで円やかで最高にセクシーだと思わないか?」

――どう答えるのが正解なのだろう?

ナオが混乱していると、「朔、この子、誰? すっごく引いてない?」と天の助けのような声が聞こえた。

そちらに視線を向けた途端、ナオは目を擦った。
人……? 人よね?
その人がユラユラと消えそうな陽炎っぽいものに見えたのだ。

「ああ、博士か」

博士と呼ばれたその人は、黒を想像させる朔と真逆の男性だった。
喩えて言うなら、発光する白……または天界の女神を想像させるような、人ならざる者のような男性だった。

「こいつが今日からここの住人になる――自己紹介しろ」
「あっ……朝田ナオです。よろしくお願いします」

深々と頭を下げ、顔を上げたナオの目に、ビー玉のような博士の澄んだ目が飛び込んできた。身の内まで見透かされそうなその瞳にナオは息を呑む。