「ナオちゃーん、待ってたよ」

この街には車でしか来たことがなかったが、二年前に改装された町田駅は、思っていた以上に大きく賑やかな駅だった。

『西口改札の方から出るんだよ』と指示されていなかったら、今頃きっと迷っていただろう。

この駅の近くに今夏からナオが通う予備校がある。高校のある駅から二駅。義兄が住む朝田家からは高校を挟んで八駅の所だ。

「美月さん、お久し振りです」

如月美月は母方の従姉で、ナオより三歳年上の二十歳。如月家近くにある町田栄養短期大学の二年生だ。

「もうまたそんな呼び方して。小さな頃と同じ“ちゃん”でいいよ。それに敬語なんて、なしなし!」

そう言われても……とナオは目を伏せる。

昔からナオは、見た目も性格も自分とは真逆の美月が苦手だった。それは歳を重ねるごとに強くなっていた。

その原因の一つが、こうやって外で美月と会うたびに突き刺さる視線。比べられている、と分かる視線が苦痛なのだ。

それもこれも美月が楚々とした美人だからだろう。

だからナオは極力彼女と距離を取るようにしているのだが、美月は無自覚の天然だった。ナオの思いも知らず天真爛漫に悪気なく近付いてくる。

「あーあっ、一緒に住みたかったなぁ」

――まただ。

周りの目も気にせず、ムーッと唇を突き出して子供のように拗ねる姿は、TVで見るアイドルなんて目じゃないほど可愛い。同性でもそう思うのだから、異性なら尚更だろう。

だが、美月をチラ見していく彼らは知らない。彼女が既に売約済みで、短大卒業後、ハイレベルな男性と結婚することを。

――私は失恋したというのに……。

「ありがとうございます。でも、自立したかったので……」

大嘘だ。幸福絶頂の美月と暮らしたくなかったからだ。

「そう? でも、気が変わったらいつでも言ってね。家はいつでもウエルカムだから」

如月家はこの辺りでも有名な名家だった。広い敷地に大きな屋敷――ナオ一人が増えたところで何の問題もない。それはナオも重々承知していた。

あの日の提案を完全スルーした卓也でさえ、『町田市に住みたいのなら如月家に下宿させてもらえ、それなら許す』と言ったぐらいだ。

そこを何とか説得して、如月家の燐にあるシェアハウスに住むことを許してくれたのは、ハンガーストライキと千佳の助言があったからだろう。

『ナオちゃんの言うとおりよ。自立したいと言っているのに親戚の家じゃダメじゃない? そう言えば、お隣がシェアハウスだって言ってなかった?』と。

この時ばかりは、憎きライバルの千佳が女神様に見えたナオだった。