母と義父の乗った車が事故に遭い、二人は帰らぬ人となったのだ。当時、卓也は社会人になったばかり、ナオはまだ十二歳だった。

葬儀の席に集まった親戚たちは、勝手なことを口々に言い合っていたが、ひと組の夫婦が『ナオを引き取る』と言い出すと、我も我もと名乗りを上げ、その場が騒然となった。

後にナオはその理由を知った。今は亡き実父の遺産が原因だったらしい。

しかし、ナオは大好きな義兄と離ればなれになるなんて考えたくもなかった。だから、速攻で『嫌だ!』とその提案を突っぱねたのだが、卓也は『少し考えさせて下さい』と言葉を濁し拒絶しなかった。



――その理由が笑えた。何が『ナオの幸せを考える時間が欲しかった』だ! 卓兄といられることが一番の幸せだったのに……。

当時のことを思い出しながら、ナオは制服に着替え、階段を下りるとダイニングのドアを開けた。

「ねぇ、卓兄。千佳ちゃんはOKしたの?」

食卓の上には既に朝食が用意されていた――これもいつもの朝と同じだ。

ワンプレートにハムエッグ、ちょっと焦げたソーセージと千切りとは言えない幅の広いキャベツ。即席の味噌汁は昨日と同じ、今日もアサリだ。

何年経っても料理の腕は上がらないが、何年経っても『朝食は大事なのよ!』と言っていた母の言いつけを守り作ってくれる。

――でも、一つだけ違う。

卓也の主食は白飯だが、ナオはベーカリー・ポコポコのパンだった。
今日はその中でもイチオシのチョコクロワッサンが二個、皿の上に載っている。

――もうあの頃の私じゃないのに……。

ナオの大反抗で親戚に引き取られることはなかったが、母親恋しさにナオは一時期拒食症になってしまった。唯一食べられたのがポコポコのパンだった。あれからずっと朝食の主食はポコポコのパンだ。

それを口に入れる――やっぱり、美味しい。

「ああ、千佳も了承してくれた」

仰木千佳は卓也が三年ほど前から付き合っている彼女だ。

モグモグと口を動かしながら、レッサーパンダのような彼女の顔を思い浮かべる。

――あの人だけは私の意地悪に耐えたなぁ。

卓也には千佳の他に過去三人の彼女がいた。多いか少ないかは知らないが、どの子も付き合いが短かったことは確かだ。

なぜなら、歴代の彼女たちはナオの意地悪に屈し、すぐに卓也との交際を放棄したからだ。

千佳にもナオは本気で挑んだ。だが、千佳にはナオの意地悪は利かなかった。

後々知ったのだが、千佳には弟と妹が四人もいるそうだ。だから、ナオの意地悪も可愛いイタズラぐらいにしか思わなかったみたいだ。

「そう……良かったね」

本当は全然良くなかった。まだまだ気持ちが未消化だからだ。

でも、血も繋がらない妹の我が儘で、これ以上義兄を縛り付け、犠牲を強いるのは……ナオも心許なかった。

「――卓兄……私、予備校近くに引っ越すから。家、出るね」

だから、一晩かかって考えた。その答えがこれだった。