館内に『蛍の光』が流れ出す。閉館五分前のアナウンスが流れる。田舎町の鄙びた駅ビルの食品コーナー。こんな時間じゃお客さんなんかほぼいない。
 周りの和菓子屋や佃煮屋の売り子のおばさんたちは既にレジ締めなんか始めちゃってる。洋菓子店のうちもいそいそ閉店準備を始める。
 今日も疲れた。早く帰ってお風呂に入ってビールを飲みながらドラマを観たい。
 できるだけ早く職場を後にしたい。勤め人の誰もが持ってる心理だ。帰る場所があるって素晴らしい。わたしの場合ひとりぼっちのパラダイスだけど。
 ダスターでケーキのウィンドウのガラスを拭き始める。お客さんが指を押し付けるから指紋の跡がベタベタだ。無遠慮な人はべったり両手をついたりするから腹が立つ。
「すみません、まだ良いですか?」
 ちっ。いいわけないでしょ。こっちはもう店じまい気分なんだよ。……なんて顔に出すわけにはいかないから、口角を無理やり上げて笑顔で振り返る。
「はいっ。いらっしゃいま…せ……」
 やばい。イケメンだ。さわやかなイケメンだ。半袖の白いワイシャツがまぶしいっ。
「このシュークリームの五個入りをひと箱ください」
 その人は指を付き出したりせず、聞き取りやすい声ではっきりと言ってくれる。
「少々お待ちくださいませ」
 声が上ずりそうになるのをどうにか抑える。どどどど、どうしよう。めっちゃ好みのタイプなんですけど。逃しちゃならない。本能がそう叫んでるけど、どうしよう。どうしよおー。
「お待たせいたしました」
 動揺で息も絶え絶えで声なんか、かすれちゃってる。顔だってきっと赤い。頭を上げられなくて、カルトンに小銭を出す大きな手を見つめる。適度にごつごつした素敵な手。握りたーい。
 最後にシュークリームの袋を差し出して「ありがとうございました」とお辞儀をしたら、この人とはこれっきり。そんなのヤダ。
「あの、カノジョとか、いますか?」
「…………」
 海より深い沈黙に溺れ死にそうになる。やっぱ言うんじゃなかったっ。
 でも彼は、ふっと口元をゆるめたかと思ったら、驚いたようにしながらも答えてくれた。
「いないけど」
「なら、今度ごはん食べに行きませんか? グループで合コンでもいいです」
 なんとしてでもチャンスを繋げなければ!
「いいですよ」
 マジですかっ。
「あ、じゃあ、連絡先……」
 でももう既にタイムリミット。『蛍の光』は終焉を迎え館内は薄暗くなっていく。アセアセするわたしに彼はこそっと言った。
「明日もここにいますか?」
「はい。いますっ」
「じゃあ、明日また来ます。またこれくらいの時間になっちゃうけど」
「あ、ありがとうございます」
 何に対しての「ありがとうございます」やら。深々と頭を下げるわたしを振り返りながら彼は駅ビルを出て行く。直後にシャッターが降りて来る。
 それを見つめながら疑いが出ないわけでもない。ほんとに来てくれるかな?
 まあ、いい。それも含め明日の閉店間際を楽しみにしていよう。