ずうっと二番目ってどんな気持ち?
 意地悪く問われたことがある。
 そりゃあね、気分はよくないよ。いつだって偉そうに前を歩くのは向こう。優先順位はいつだって向こう。わたしはいつだってそのおこぼれにあずかるだけで、自分からは何もできない。いつもあの人の後ろに付き従うだけ。
 あの人の背中を見ながら思ってた。わたしの方がもっと上手にできるのにって。わたしの方がきっともっとうまく話ができる。もっと有意義に事を運べる。だって、そのための切り札をそろえたのはわたし。あの人が今この場所で対等に、むしろ有利に立って相手と渡りあえているのは、わたしがそれだけのお膳立てをしたから。
 なのにすべてが終わった時、誉めそやされるのはあの人。あの人だけ。わたしの努力は報われない。
 誠心誠意働くのが嫌いなわけじゃない。寝る間も惜しんで奔走して、成果を得て、関わった皆が喜んでいるのならそれはそれでかまわない。わたしだからできることなのだと、自己満足で自分を褒める。達成感はある、だからかまわない。
 だけどたまに、疲労感で涙が出そうになることがある。こんなに身を粉にして働いて、感謝されることもない。それが当然だと思われてる。わたしがわたしのことを後回しにして尽くすのはあたりまえ。
 何のために我慢してるんだろう。そう思うことがある。あの人が憎くて憎くてたまらなくなって、先を歩くあの人の影を踏みにじってやったことが何回もある。その時、振り返ってくれたなら、積もり積もった激情をぶちまけてやれたのに、あの人は振り向きもしない。
 結局わたしは、置いてけぼりにされないよう慌てて後を追いかけた。あの人はとても足が速い。なぜそんなに急ぐのか不安になるほど足早に先へ先へと行こうとする。ついて行けるのはわたしだけ。
 わたしだって前に立てる能力はある。だって、あの人はわたしがいなくなったら何もできないけれど、わたしはあの人がいなくなっても平気だもの。
 いなくなっちゃえばいいのに。そう願い続けていたある日、あの人が珍しく病気で寝込んだ。重要な交渉がある直前のことだった。チャンスだ。この人の代わりができるのは当然わたししかいない。
 勇んでわたしはいつもの自分の席のラインを一歩出て、あの人の場所へと座った。わたしが前に出て思うままにできる時がきたのだ。そう思った。けれど。
 思うままにできる――そんなのは思い上がりだった。自分の舌をなめらかに動かすことさえできなかった。圧倒されて。目の前にいる相手は、これまでにも何度も戦ってきた相手だった。後れを取るわけがない、傲慢にもそう思っていたわたしは初手で出端を挫かれた。
 わたしは分かっていなかった。これが矢面に立つということ。細々とした能力なんて関係ない。そんなのは何人もが寄り集まればこなすことはできる。だけど、こうして頂点に立ってすべてを背負うことができるのは一人だけ。ただ一人、重圧を受けて跳ね返す胆力がなければその役は務まらない。
 あの人の背中越しにいつも見ていた好々爺とは違う、座る位置が少しずれただけでがらりと印象を変えた相手と対峙しながら、わたしは背中に冷たい汗を流していた。これほどの攻撃から、あの人はわたしを守ってくれていたのだ。わたしはあの人の後ろで守られていたのだ。
 それが分かったなら、無様な姿は見せられなかった。あの人はいつもどんなふうにこの相手と話していた? この相手の弱いところは? 必死にそれを思い返しながら、あの人の言動をなぞりながら、わたしはあの人のように振る舞った。
 その場では、ぎりぎりの位置で渡りあうことができた。なんとか譲歩は免れた。会見の後には脱力してわたしも寝込んでしまいそうだった。
 代役を務めたわたしに、あの人はなにも言わなかった。労いも、叱責も。不満はなかったけれど少し寂しく思った。頑張ったのだけどな、わたし。初めてそう思った。
 今もわたしはあの人の後ろに付き従ってあの人の背中を見ている。影のように後をついて行くわたしを守る背中を見上げる。
 分かっているよ、あなたの凄さ。そして思い知ったよ、わたしはあなたに取って代わることはできない。わたしはあなたに敵わない。それならば。わたしはあなたを全力で助ける。あなたが背後を守るように、あなたの背中はわたしが支える。
 だから倒れないで。対峙する相手にやられて崩れないで。あなたが負ける姿を見たくない。このわたしが従うのなら、あなたは勝ち続けてくれなくちゃ。だから失望させないで。
 もしあなたが崩れたら、わたしのこれまでの忍耐も頽れる。誰かに負けて倒れてしまうのならその時は。わたしがあなたを後ろから、刺し殺してしまうかもしれないから……。