愛人に浮気された。
妻子ある私の浮気の相手がこの愛人であり、その浮気相手に浮気をされたところで何の追及も処罰も与えられる立場ではない。
冷静に考えればそうなのだが、男という生き物は欲望で征服した相手を自分の所有物のように扱う了見の狭い生き物である。私だって気を悪くするのは当然だ。などと、自分の了見の狭さを男の性(さが)のせいにしてみたりする。
「だあって、わたしのことずっとほったらかしで、寂しかったんだよー」
甘ったれた口調で悪びれもせず上目遣いで見上げてくる二十近くも年下の小娘の顔を見て、私は何とも言えない気持ちになる。
そうかそうか。それならこれっきりだな。
言ってしまうのは簡単だが、これまた男の性がその発言を押しとどめる。
「悪かったよ。仕事が忙しかったんだ」
「わかってるけど……」
「そいつとは一度きりなのか?」
「あたりまえだよー。好きなのはジュンジュンだけ」
「今度バッグ買ってやろうな」
「やったー」
機嫌を良くした愛人は私の首に抱き着いて頬をすり寄せてくる。膝の上に乗せてその太ももを撫で上げながら私もまた気分を良くする。
だらしないのは重々承知の上。だが私のような中年の男にとって若い娘の体を好きにできる誘惑は如何ともしがたい。若いころの爆発的な性欲は失って久しいが、それでも定期的に瑞々しい肌が恋しくなる。適度に利口ぶっていて適度に欲の深い娘は操縦がしやすい。手放すのは忍びない。
噛みつく勢いで首にしゃぶりつくと敏感な体はびくりと跳ね上がって甘い息をもらす。
女という生き物は生まれながらに女優であり娼婦の素質を持つ。恥じる特質ではない。恥じるべきはどんな形であれそれに乗っかる男のいやらしさの方なのだから。
膝の上で体をくねらせている小娘が気付いているとは思えなかったが、私の妻となれば話は違う。
「おかえりなさい。ご飯は?」
「食べたよ。メッセージ入れたよね?」
「そうだっけ? コーヒー飲む?」
質問に質問で返してくるときの妻は手強い。私の罪悪感のせいばかりではない。完全に見透かされている。
テレビのニュースを眺めながらふたりでコーヒーを飲む。中学生の息子はもう寝てしまったようだ。
「塾のね、日数を増やしてあげたいの」
「大変だろう」
「本人がやりたいって言うなら、やらせてあげたいの。いいでしょう?」
「まあ、任せるけれど」
「ありがとう」
風呂から出たばかりだったらしく肩にタオルをかけた妻の髪はまだ黒く濡れている。満足げに微笑んだ顔はまだ十分に美しい。かと思うと顎を少し引いて声を潜める。
「もう寝る?」
「そうだな」
「お風呂入ってきて」
「うん」
特別な言葉はなくても分かる。今夜は抱かせてくれる。
私は気分を良くしてバスルームに向かう。外で愛人を抱いたばかりでも家に帰れば妻と睦み合う。それが男というものだ。
慣れ親しんだ体。私という男を知り尽くした妻の指先が玉ねぎの皮を剥くように理性を突き崩していく。
「もしかしたら来年度PTA会長を頼まれるかも。あなた出来る?」
陶然と夢見心地な気分のなかで妻の声が上から降って来る。
「うん。やるよ……」
「ありがとう」
満足げに微笑んで妻は私にくちづける。
女という生き物は、娼婦であり賢者であり、自分を下にあるように見せかけてこうして上から見下ろしてくる。分かっていても真綿でくるまれたように抜け出せない。
支配したつもりで奴隷のように動かされているのは男の方。別にそれでも構わない。だって、しあわせなんだから。
妻子ある私の浮気の相手がこの愛人であり、その浮気相手に浮気をされたところで何の追及も処罰も与えられる立場ではない。
冷静に考えればそうなのだが、男という生き物は欲望で征服した相手を自分の所有物のように扱う了見の狭い生き物である。私だって気を悪くするのは当然だ。などと、自分の了見の狭さを男の性(さが)のせいにしてみたりする。
「だあって、わたしのことずっとほったらかしで、寂しかったんだよー」
甘ったれた口調で悪びれもせず上目遣いで見上げてくる二十近くも年下の小娘の顔を見て、私は何とも言えない気持ちになる。
そうかそうか。それならこれっきりだな。
言ってしまうのは簡単だが、これまた男の性がその発言を押しとどめる。
「悪かったよ。仕事が忙しかったんだ」
「わかってるけど……」
「そいつとは一度きりなのか?」
「あたりまえだよー。好きなのはジュンジュンだけ」
「今度バッグ買ってやろうな」
「やったー」
機嫌を良くした愛人は私の首に抱き着いて頬をすり寄せてくる。膝の上に乗せてその太ももを撫で上げながら私もまた気分を良くする。
だらしないのは重々承知の上。だが私のような中年の男にとって若い娘の体を好きにできる誘惑は如何ともしがたい。若いころの爆発的な性欲は失って久しいが、それでも定期的に瑞々しい肌が恋しくなる。適度に利口ぶっていて適度に欲の深い娘は操縦がしやすい。手放すのは忍びない。
噛みつく勢いで首にしゃぶりつくと敏感な体はびくりと跳ね上がって甘い息をもらす。
女という生き物は生まれながらに女優であり娼婦の素質を持つ。恥じる特質ではない。恥じるべきはどんな形であれそれに乗っかる男のいやらしさの方なのだから。
膝の上で体をくねらせている小娘が気付いているとは思えなかったが、私の妻となれば話は違う。
「おかえりなさい。ご飯は?」
「食べたよ。メッセージ入れたよね?」
「そうだっけ? コーヒー飲む?」
質問に質問で返してくるときの妻は手強い。私の罪悪感のせいばかりではない。完全に見透かされている。
テレビのニュースを眺めながらふたりでコーヒーを飲む。中学生の息子はもう寝てしまったようだ。
「塾のね、日数を増やしてあげたいの」
「大変だろう」
「本人がやりたいって言うなら、やらせてあげたいの。いいでしょう?」
「まあ、任せるけれど」
「ありがとう」
風呂から出たばかりだったらしく肩にタオルをかけた妻の髪はまだ黒く濡れている。満足げに微笑んだ顔はまだ十分に美しい。かと思うと顎を少し引いて声を潜める。
「もう寝る?」
「そうだな」
「お風呂入ってきて」
「うん」
特別な言葉はなくても分かる。今夜は抱かせてくれる。
私は気分を良くしてバスルームに向かう。外で愛人を抱いたばかりでも家に帰れば妻と睦み合う。それが男というものだ。
慣れ親しんだ体。私という男を知り尽くした妻の指先が玉ねぎの皮を剥くように理性を突き崩していく。
「もしかしたら来年度PTA会長を頼まれるかも。あなた出来る?」
陶然と夢見心地な気分のなかで妻の声が上から降って来る。
「うん。やるよ……」
「ありがとう」
満足げに微笑んで妻は私にくちづける。
女という生き物は、娼婦であり賢者であり、自分を下にあるように見せかけてこうして上から見下ろしてくる。分かっていても真綿でくるまれたように抜け出せない。
支配したつもりで奴隷のように動かされているのは男の方。別にそれでも構わない。だって、しあわせなんだから。