咲久良の袖をつかみながら歩きはじめ、俺はふたりで話ができそうな場所を考えた。

「強引ですね。さすが、鬼の副長」
「それは同姓同名の別人。しかも歴史上の人物」

「どこへ行くんですか。もしかして、体育館倉庫もしくは倉庫裏ですか。密会の定番の場所で、いやらしいことをするつもりですか?」
「バカ。この時間は部活中だ。バレーボール部やらバスケット部のやつらが、うじゃうじゃいるだろ。どんな期待をしているんだ」
「そうでしたね、残念です。としくんになら、全部を奪われてもいいと覚悟しているのに」

「……妄想癖も、いいかげんしにしろ。恋人のふりと言いつつ、身体の関係を期待しているなら、よそを当たってくれ」

 しかし、担任教師と生徒がふたりきりでも違和感のない場所とは、どこだ。密会ではない。けれど万が一、見つかってもうまくごまかせる場所とは。
 俺が根城にしている国語準備室でもいいが、あの部屋は荷物が整理されていない上に死角が多いので、いかにも密会っぽい。

「で、進路指導室ですか。まあ、無難ですね」
「俺は担任、お前は生徒。いい選択だ。特別に、『進路指導』してやる」

 向かい合わせに座った。刑事ドラマでよくある、訊問風景みたいに。

「なるほどー。ふたりきりで、なんでもありですね。課外授業は恋のレッスン! 私たちはここで、秘密の関係になるんですか。どうしよう。今日だけは、もっとかわいい下着をつけてくればよかったかな」
「だから、ならねえって! いちいち、生々しい発言をするな、青くさい高校生のくせに、背伸びするのもたいがいにしろ」

 つい、俺は拳で机を叩いていた。何度も、強く。手が痛くなってしまった。どうしてくれる?

「そんなに熱くならないでくださいよ、としくんってば。冗談です。かわいい系より、お色気系が趣味なんですね。黒ですか、赤ですか? メモしなきゃ」

 絶対にからかわれている。俺は確信した。

「……入部届を預かった。本気か」

 自分を鎮めるかのように、俺はゆっくりと話しかけた。

「はい。部に入ったほうが自然な流れで、としくんと一緒にいられる時間が増える、と思いまして、うふっ?」
「俺は顧問だが、指導はしない。活動は基本、部員たちの自由だ。部活にもそれほど顔を出さない」
「えー。放任ですね。つまんなーい」
「基本、そういう部だ。創作は、手取り足取り教わるものではない」
「私は、としくんに手も足も取られたいですね。そうしたら、婚約破棄できるから。ふたりだけの、秘密の指導、してほしい、な?」

 咲久良が俺の手に自分の手を重ねてきた。
 机の上で、まとわりつくように絡む。思わず、ぞくりと快感にも似た悪寒が背筋に走った。こ、こいつ、男の心理を分かっていて、そんな行動を?