理由はあれども、女子生徒を俺のマンションに泊めるわけにはいかない。
 しかも、よくよく見ると、好みのタイプにけっこう近いのだ。なにか起きてしまうかもしれない。いや、このままでは起きるだろう。起こしてはならない。

 食事を終えた俺は、さっさとお勘定を済ませ、おばちゃん店員に口止めをし、咲久良を助手席に押し込めると、車に乗った。

 さっき、定食屋でトイレに行ったとき、住所録で咲久良の住所をこっそり確かめておいた。わりと近い場所だが、最終バスがかなり早くに終わる地域だった。やれやれ、自転車通学をすればいいのに。今夜のところは、送るしかない。

「いいか。俺は教師で、お前は生徒だ。学校でのことならともかく、家庭の事情には深く突っ込めない。相談ぐらいなら乗ってもいいが、こんな形で俺を巻き込むな」
「そこをあえてお願いしています、先生」

 最後の手段とでも呼ぶのだろう、咲久良は身を張ってきた。
 甘い声を出し、運転席の俺の身体の上に乗っかってきたのだ。大胆にも!

「先生、助けてください。こんなことを相談できるの、私には先生しかいないんです」

 シートベルトが思った以上に食い込んで身体の動きを邪魔をするので、とっさに咲久良をほどけない。
 生身の咲久良は想像より重く、甘い香りがしている。女だった。こんな場面、学校関係者に見つかったら、即免職だろう。

 急直下、急展開。

 しかし俺は、女子生徒を喰うつもりはさらっさらない。外見はともかく、中身は幼いままの生徒と恋愛なんてできるかっての。
 ならばこの、俺の上に乗っかっている物体は、女子生徒ではない。ただの搭載物。俺の脳内で、せっけんの塊とでも置き換えて考えよう。うーん。甘いから、角砂糖かも。いや、このやわらかさは、つきたての餅だな。しっとり、むにむにの、もっちもち。食べたらさぞかし、美味……いや、やめておこう。

「おい、咲久良。離れろ、冷静になれ」
「いや。私、先生といたい」

 こんなことなら、部員の勧誘など声かけするんじゃなかった。現状維持で、よかったのに。危険物件、俺の手には負えない。

 高校生でも、咲久良からはしっかり雌の匂いがした。押しても押しても、くっついてくる。力づくで荒っぽく扱うこともできるが、けがなどさせてしまったら俺の査定に響く。

 女から迫られるのは、悪くない。むしろ、心地よい。
 けれど、時と場合による。

「咲久良、正気に戻れ」
「正気です。私のまわりで、手っ取り早く結婚できそうな人は先生しかいないんです。それとも、先生には心に決めた女性がいるんですか」

 おいおい、軽くひっかけられる男なら誰でもいいのか。どうなってんだ、こいつは。

 しかし現状、彼女や恋人と呼べる決まった女はいない。性格上、付き合ったりするのは面倒なので、最近はひと晩遊んで終わりの関係が多い。
 俺はことばに詰まった。適当に嘘をついてもいいが、それでは俺の良心が痛む。

「いたらどうする。結婚はしなくても、俺はそこそこ遊んでいる。そういうの、咲久良の年ごろには汚く感じるだろう。やめておけ、な?」
「私が先生のことを支えます。だから、もう黙っていてください。今日、先生がずっと私のことを見ていたの、知っていますよ」
「それは、飛び入りのお前が心配で」
「だから、黙って」

 バイパスを走る車のヘッドライトが、ときおり俺たちの姿を照らし出す。
 唇を重ね合わせたあとは、なし崩し的に咲久良を抱き寄せていた。まるで青春小説かよ、と突っ込みたくなるほどに。

 あたたかくてやわらかい咲久良の身体を、離したくなかった。好意というよりは、本能だった。女に飢えていたつもりなんてまるでないのに。むさぼるように、女の唇を追いかけた。
 相手の女は教え子だった、と思い出したときはもう、遅かった。

 ぱちり、と電子音。

「はい。証拠写真を撮りましたし、もう離れていいですよー。ご協力ありがとうございましたっ☆」

 ちゃっかり、咲久良は俺との濃厚な絡み画像を携帯で撮影していた。

「おい、今の……! 消せ、消さないと、俺は」
「悪用はしません。ただ、私には本気の男性がいると、親に説明したいだけです。通っている高校の担任教師なんて、まさか言いませんよ」

 いや、本気の相手なら、どこの誰なのかという話になるに決まっている、そのとき、俺が相手なんてことになったら……俺、破滅?

「頼む、今の画像は削除してくれ。証拠はまずい。いいか、落ち着け。困っているなら、恋人のふりぐらいはしよう。婚約が解消されればいいんだな。約束する。正直、お前のことはいいなって思ったし」
「きゃー、うれしい! では、契約成立ってことで。ふたりのときは、先生じゃなくて『としくん』って呼びます」
「と、としくん?」
「彼氏じゃなくて、恋人って響きはいいですね。『としくんの恋人』。とても気に入りました。としくん。私、キスが初めてでした。すごく……驚いたけど、としくんなら、まかせてもいいかなって」

 そこで、にこりと愛らしい笑顔を見せる。
 ……くっそ、こいつめ。教師を手玉に取るなんて。性格以外は、文句なしにかわいいのに!