とうとう、言ってしまった……。
酔った勢いで、生徒に対して本気で告白するとか。しかも、担任クラスの女子生徒に。どうかしている。
でも、本心だった。
絶対に口にしてはならない、本心だった。
俺は自己嫌悪に陥った。
咲久良を送ったあと、どう帰ったか、よく覚えていない。
確か、行きに寄ったコンビニでまた酒を飲んだんだ。
自分のバカさ加減にあきれ、ビールではなくもっと強いウイスキーを選んでちびちび飲みながら、夕暮れの道を朦朧としながら歩いた。半泣きだったかもしれない。
咲久良が見たら、百年の恋も醒めてしまうだろう、俺の不甲斐ない姿。
部屋に着いたときにはもう真っ暗で、気がついたら玄関に寝ていた。ドアを開けてすぐに倒れ込んだようだった。
「ちっ、夜中の二時かよ」
ふらふらになりながら、俺はシャワーを浴びた。朦朧としたまま歯磨きをして溺れるようにベッドで寝た。そうだ、咲久良と添い寝した夜もあったことを、おぼろげに思い出しながら。
あいつの肌、ふわふわだったな。いつか、抱いてみたい。高校を卒業したら、一回ぐらいさせてくれるかな。あっ、また愚かな妄想をしてしまった。
……。
……、……。
……、……、……。
「いつまで、寝ているんですか。もう、午後の三時で・す・よ」
枕が喋った。
しかし、違った。俺は寝ぼけていた。
枕もとの目覚まし時計を手繰り寄せると、針は午後三時五分を示していた。
おかしい。
俺が寝たのは夜中の二時半だったのに。あれか、すでに十二時間以上経過したというのか。時間をワープしたとしか思えない。
「走らない……と」
身体がうまく動かない。短時間で、極度にアルコールが入ったせいか、全身がやたらと重だるい。痺れているかのように。目の前も真っ暗だ。俺は頭をかかえた。
「今は無理ですよ。まず、お水でもいかがでしょう」
「水、くれ」
渡されたコップには、冷たい水がなみなみと入っていた。とてもありがたい。俺は飲んだ。もう一杯、所望した。夢かもしれないが、やたらと懇切丁寧だ。
「おはようございます、としくん。昼間っから潰れるほどの飲み過ぎはいけませんよ、ほどほどにしてくださいね。悩みでもあるんですか? そもそも、男性のほうが短命なんですから。ずっと私をひとりにするつもりですか。ほかの人と再婚してもいいんですか」
一気に目が覚めた。咲久良がいた。
「としくん言った。咲久良が、としくん言った!」
瞬間、俺は歓声を挙げていた。
「ちょっと、ご近所さんに聞こえちゃいますよ。落ち着いてください」
「もう一度呼んでくれ、としくんって。なあ、としくんって。来てくれたんだな、咲久良。昨日のあんな誘い方で」
興奮した俺に、咲久良は冷静だった。
「はい。としくん、どうどう。としくん、落ち着いて。はい、いい子いい子」
頭を撫でられ、どうどう、とか。俺は馬か。
「どうやって、部屋に入った」
「以前と、ほぼ同じです。出入りしていたマンションの住人さんにしれっとついてエレベーターに乗り、としくんのお部屋まで来たら、玄関ドアの鍵は開いていて。こんなご時世なんですから、いくらセキュリティの高いマンションでも、物騒ですよ。でも、としくんはかわいい顔で熟睡でしたね。呼び出しておいて、自分は昼酒で半裸のままお昼寝中とか」
「昼酒昼寝じゃない。夜から寝通し寝ていた」
「ええ? もう、午後の三時なのに? 惨事ですね、これは」
「いいから、もう一杯。水をくれ。冷蔵庫」
それで、本格的に目が覚めた。
俺を介護してくれたのは、枕ではなく、もちろん咲久良だった。
定食屋のアルバイト終了後、約束通り来てくれたのだ。約束通りに!
なのに、俺は恥ずかしくてなにも言えないし、手も出せない。それ以前に、酒くさくてためらってしまう。キスもできない。うれしいような、うれしくないような。中学生かよ。
ようやくひと息ついて、ジャージを着ることができた。しかし、ベッドから起き上がる気力がまだない。だるい。
そんな俺を見て諦めたのか、咲久良は部屋の隅で携帯ゲームをしている。
……かわいい。見ているだけでもかわいい。『としくん』と呼んでくれた。咲久良は変わっていなかった。
しかし、そんな淡い思いではだめだ。咲久良を押し倒して、俺のものにするために呼んだのだ。喰いたい。
なのに。
咲久良がそばにいてくれるだけで今、幸福感に包まれている。
「絶対にしあわせにする。だから、今夜はここに泊まれよ」
驚く咲久良の顔。こういう、間の抜けた表情も愛らしい。
「本気の恋は秘するものだ」
「は、はい!」
「覚悟、してくれ」
俺は、咲久良の身体の上に跨った。ゆっくりと重なる唇。強引に舌を絡めた。咲久良の唇からは、やがてかわいい声が漏れてくる……はずなのに。
「いやあああ、お酒くさい! 無理です、無理。未成年者には、どうしたって無理です。今日は帰りますね。明日また、学校で会いましょう先生」
「さ、咲久良」
「さようなら、先生」
「おい、俺は不完全燃焼……明日、国語準備室で襲うぞ。いいのか」
「我慢です、我慢。私、としくんが大好きですけど、卒業式を終えるまでは、としくんに抱かれるつもりはありませんよ。許すのは唇だけです。それ以上は絶対に許しません」
「あの親を説得して、俺はお前と結婚したいとさえ思っている。なのに、味見もできないのかよ。ちょっとでいい、少し触らせろ。俺の欲望をどうしてくれる」
「だ・め・で・す」
きっぱり、断られた。
「おい、咲久良」
「あと! ふたりきりのときは、名前で呼んでください。『みずほ』って。昨日の別れ際のあれ、きゅんきゅんしました。じゃあね、としくん?」
相愛なのに。おいおい、今さらお預けとか、ないだろうに? どうすんだ、俺の欲望の行く先は。
俺の目の前は、再び真っ暗闇に落ちた。
酔った勢いで、生徒に対して本気で告白するとか。しかも、担任クラスの女子生徒に。どうかしている。
でも、本心だった。
絶対に口にしてはならない、本心だった。
俺は自己嫌悪に陥った。
咲久良を送ったあと、どう帰ったか、よく覚えていない。
確か、行きに寄ったコンビニでまた酒を飲んだんだ。
自分のバカさ加減にあきれ、ビールではなくもっと強いウイスキーを選んでちびちび飲みながら、夕暮れの道を朦朧としながら歩いた。半泣きだったかもしれない。
咲久良が見たら、百年の恋も醒めてしまうだろう、俺の不甲斐ない姿。
部屋に着いたときにはもう真っ暗で、気がついたら玄関に寝ていた。ドアを開けてすぐに倒れ込んだようだった。
「ちっ、夜中の二時かよ」
ふらふらになりながら、俺はシャワーを浴びた。朦朧としたまま歯磨きをして溺れるようにベッドで寝た。そうだ、咲久良と添い寝した夜もあったことを、おぼろげに思い出しながら。
あいつの肌、ふわふわだったな。いつか、抱いてみたい。高校を卒業したら、一回ぐらいさせてくれるかな。あっ、また愚かな妄想をしてしまった。
……。
……、……。
……、……、……。
「いつまで、寝ているんですか。もう、午後の三時で・す・よ」
枕が喋った。
しかし、違った。俺は寝ぼけていた。
枕もとの目覚まし時計を手繰り寄せると、針は午後三時五分を示していた。
おかしい。
俺が寝たのは夜中の二時半だったのに。あれか、すでに十二時間以上経過したというのか。時間をワープしたとしか思えない。
「走らない……と」
身体がうまく動かない。短時間で、極度にアルコールが入ったせいか、全身がやたらと重だるい。痺れているかのように。目の前も真っ暗だ。俺は頭をかかえた。
「今は無理ですよ。まず、お水でもいかがでしょう」
「水、くれ」
渡されたコップには、冷たい水がなみなみと入っていた。とてもありがたい。俺は飲んだ。もう一杯、所望した。夢かもしれないが、やたらと懇切丁寧だ。
「おはようございます、としくん。昼間っから潰れるほどの飲み過ぎはいけませんよ、ほどほどにしてくださいね。悩みでもあるんですか? そもそも、男性のほうが短命なんですから。ずっと私をひとりにするつもりですか。ほかの人と再婚してもいいんですか」
一気に目が覚めた。咲久良がいた。
「としくん言った。咲久良が、としくん言った!」
瞬間、俺は歓声を挙げていた。
「ちょっと、ご近所さんに聞こえちゃいますよ。落ち着いてください」
「もう一度呼んでくれ、としくんって。なあ、としくんって。来てくれたんだな、咲久良。昨日のあんな誘い方で」
興奮した俺に、咲久良は冷静だった。
「はい。としくん、どうどう。としくん、落ち着いて。はい、いい子いい子」
頭を撫でられ、どうどう、とか。俺は馬か。
「どうやって、部屋に入った」
「以前と、ほぼ同じです。出入りしていたマンションの住人さんにしれっとついてエレベーターに乗り、としくんのお部屋まで来たら、玄関ドアの鍵は開いていて。こんなご時世なんですから、いくらセキュリティの高いマンションでも、物騒ですよ。でも、としくんはかわいい顔で熟睡でしたね。呼び出しておいて、自分は昼酒で半裸のままお昼寝中とか」
「昼酒昼寝じゃない。夜から寝通し寝ていた」
「ええ? もう、午後の三時なのに? 惨事ですね、これは」
「いいから、もう一杯。水をくれ。冷蔵庫」
それで、本格的に目が覚めた。
俺を介護してくれたのは、枕ではなく、もちろん咲久良だった。
定食屋のアルバイト終了後、約束通り来てくれたのだ。約束通りに!
なのに、俺は恥ずかしくてなにも言えないし、手も出せない。それ以前に、酒くさくてためらってしまう。キスもできない。うれしいような、うれしくないような。中学生かよ。
ようやくひと息ついて、ジャージを着ることができた。しかし、ベッドから起き上がる気力がまだない。だるい。
そんな俺を見て諦めたのか、咲久良は部屋の隅で携帯ゲームをしている。
……かわいい。見ているだけでもかわいい。『としくん』と呼んでくれた。咲久良は変わっていなかった。
しかし、そんな淡い思いではだめだ。咲久良を押し倒して、俺のものにするために呼んだのだ。喰いたい。
なのに。
咲久良がそばにいてくれるだけで今、幸福感に包まれている。
「絶対にしあわせにする。だから、今夜はここに泊まれよ」
驚く咲久良の顔。こういう、間の抜けた表情も愛らしい。
「本気の恋は秘するものだ」
「は、はい!」
「覚悟、してくれ」
俺は、咲久良の身体の上に跨った。ゆっくりと重なる唇。強引に舌を絡めた。咲久良の唇からは、やがてかわいい声が漏れてくる……はずなのに。
「いやあああ、お酒くさい! 無理です、無理。未成年者には、どうしたって無理です。今日は帰りますね。明日また、学校で会いましょう先生」
「さ、咲久良」
「さようなら、先生」
「おい、俺は不完全燃焼……明日、国語準備室で襲うぞ。いいのか」
「我慢です、我慢。私、としくんが大好きですけど、卒業式を終えるまでは、としくんに抱かれるつもりはありませんよ。許すのは唇だけです。それ以上は絶対に許しません」
「あの親を説得して、俺はお前と結婚したいとさえ思っている。なのに、味見もできないのかよ。ちょっとでいい、少し触らせろ。俺の欲望をどうしてくれる」
「だ・め・で・す」
きっぱり、断られた。
「おい、咲久良」
「あと! ふたりきりのときは、名前で呼んでください。『みずほ』って。昨日の別れ際のあれ、きゅんきゅんしました。じゃあね、としくん?」
相愛なのに。おいおい、今さらお預けとか、ないだろうに? どうすんだ、俺の欲望の行く先は。
俺の目の前は、再び真っ暗闇に落ちた。