そんなとき、部屋のチャイムが鳴った。しつこく、何回も。

 昨日の女かと思い、俺は無視した。始発電車は走りはじめたころ、現実に立ち返った俺は、女を部屋から追い出したのだ。我ながら、ひどい対応をする男。

 チャイムは鳴り止まない。耳を塞いだが、それでも鳴り続ける。

 不機嫌を引きずりながら、俺はインターホンの画面を見た。咲久良だった。
 しかも、マンションのエントランスではなく、すぐそこの、玄関ドア先に立っている。しかもしかも、制服姿のままで。

「げ、まずい!」

 はっとして時計を見上げると、午後五時前。下校途中で寄ったらしい。
 俺はあわてて玄関に向かった。廊下を、超短距離ダッシュだ。
 淫行教師のもとへ女子生徒が訪問……そんな姿が目撃されたら、万死に値する。

「あー、いたいた。こんにちは、土方先生。自宅謹慎中ですから、いますよね当然」

「……淫行教師の自宅マンションを制服でうろついていたら、ますます俺の弁解の余地もなくなるだろうに」
「だいじょうぶ。今日は、クラスの代表で来ました」
「女子のお前が、クラスの? 委員でもないくせに。不自然だろ。お前まで追い込まれるぞ」
「その点は心配ありません。クラスの大多数が、推薦で付属狙いです。内申書のために、目立つ行動はいかにも控えたいという雰囲気でしたので、外部受験をするふりをした私が、仕方なく引き受けたという感じにしておきました」

 なるほど、考えたものだ。クラス公認ゆえ、あえて堂々とマンションへ来たのか。

「みんな、おかしいって言っています!」

「みんなって、誰だ。おかしいって、なにが?」
「みんなとは、うちのクラスの生徒です。先生が、あの三年生女子に嵌められたことが、おかしいんです」
「あのなあ、嵌められたって、そもそもお前が手紙を俺に渡した時点で……」

 廊下を、マンションの住人が通りかかった。
 声を大きくしている俺を不審そうに横目で確認して行った。まずい、このまま玄関先で話していては人目につく。できれば部屋には上げたくなかったが、仕方ない。

「とにかく、少しだけ入れ。少しの間だけだ」

 俺は『少し』を強調した。

「はい。では、おじゃまします。先生、ずっと寝ていたんですか、寝ぐせだらけですよ。頭、もしゃもしゃ」
「ああ。日課のランニングもできない生活でね」
「それは御愁傷さまです」
「あのなあ」

「うわー。先日よりも、室内が荒れていますね。それに、女物の香水くさいです。換気しましょう」

 そう言って、咲久良は部屋の窓を全開にした。
 ふわっと、外気に包まれる。風が心地いい。ああ、外に出たい。籠の中の鳥だった。