小太りでメガネ、頭の薄い中年。けれど仕立てのよいスーツを着ている。
 あ……この姿。婚約者なる男は、こんな感じかと勝手に想像した風貌。なるほど、婚約者ではなく、もっと身近な人物がそれに近い姿だったとは。

 どこかの変質者かと思ったが、それはインターネットの画像で見たことがある、咲久良の父親だった。

「パパ? どうしてここへ」

 咲久良も驚いている。
 パパ……この見た目で『パパ』かよ。『おっさん』の間違いだろ?

「みずほちゃん、ひとりにして悪かったね、ね、ね? ママがね、いつもね、みずほちゃんに近づくなと、うるさく言うからね、ごめんね。傷つけちゃって、ほんとうにごめんね、ううっ」

 年甲斐もなく、父はすでに号泣していた。
 これでも、議員なのか……この市の未来は暗い。おそるべし、世襲制度。
 お肌だけはいやにぴかぴかのつるつるで、頬の上では涙が宝石のように輝いている。

 あんな母でも、容姿は父親に似なくてよかったな、咲久良。
 と、本気で声をかけてしまいそうになるほど、対照的な姿をしている。咲久良は、自分よりも背の低い父を見下ろすようして、やさしくなだめている。

「泣き止んで、お願い。私、平気だよ」
「これから、みずほちゃんのことは、ぼくが面倒をみる! 結婚なんてさせるものか。ずーっと、一緒にいようね!」

 がしっと娘の手を握る、父。しかし、娘の顔つきは曇っている。しかも、一歩下がった。

「ええと、その件だけど。私、ここにいる先生と、駆け落ちすることにしたんだ」

 おいおい。その紹介の仕方、最悪じゃないか。見るからに、咲久良の父は病的なほどの娘溺愛なのに。
 しかも、駆け落ちってなんだ。俺はそんな宣言を一度もしていないのに、咲久良の頭の中ではそういうことになっているのか? 命の危険を感じた。

「な、なんだ、と。ぼくのみずほちゃんが、駆け……落ち?」
「咲久良先生、こちらはみずほさんの通っている高校の担任教師で、土方先生とおっしゃいます。みずほさんが困っているのを見て、親身になっていろいろと相談に乗ってくれたそうです。今夜もこんな遅い時間まで、咲久良家の問題に付き合ってくださったんですよ、土方先生おつかれさまでした」

 もうひとつの人影は、坂崎だった。数時間前に別れたばかりなのに、早過ぎる再会。『親身になって』の部分、やけに力が入っていたような気がしたが?

 坂崎の的確フォローが入り、咲久良の父は少し安心したように息をついた。

「そうでしたか。みずほちゃんの担任先生ですか、男前ですね。いやはや、お恥ずかしいところを見せてしまいました。ぼく、いえ私は普段みずほちゃ……娘と別居しているもので、久々に会えてつい調子が上がってしまいました。改めまして、咲久良みずほの父、剣です」
「こちらこそ、初めまして。クラス担任の土方です」

「ねえ。玄関先では失礼ですし、上がっていただいたら」

 廊下の奥から、冴木鏡子が気だるそうに歩いてきた。

「ひ、ひーっ。出た」

 咲久良の父は、冴木鏡子のことがよほど怖いらしく、傍から眺めて気の毒なほどに震え上った。

「あなたもどうぞ」

 冴木鏡子はすたすたと歩く。そのあとに坂崎が続く。

「パパ、歩ける?」
「みずほちゃんが支えてくれたらね」
「もう、仕方のない子。パパは、大きいのに甘えん坊だね」
「だって、みずほちゃんが大好きなんだもん!」

 こっそり帰ろうと思ったほどだった。しかし、俺の様子も咲久良は目の端に捕えていた。

「先生も行きますよ。帰りは車を出します。なんなら、泊まっていってください? 私の部屋に」

 話が終わり次第、すぐに帰ろう。俺は心に誓った。