咲久良の案内で、そろそろと薄暗い廊下を進んだ。
もちろん、誰もいない。俺たちが交互に床を踏み歩く音しかしない。
これって、やはり犯罪じゃないのか。深夜、人の家に忍び込んでものを取ろうとしているのだから。
もともとは、自分の身から生まれた原稿を奪い返すためとはいえ、この行動は現役高校教師のやることではなかった。
しかし今さら、咲久良を止められず、勢いもあって、言われるがままついて来てしまった。酔いは醒めたと思うのに。
こいつを守るには、盗作の証拠……つまりは原稿が必要なのだ。坂崎なんていう男に、咲久良は渡せない。
「ここです」
当然だが、部屋の主が留守なので、鍵がかけられている。
「鍵は手に入ったんですけど、この部屋だけは、特に厳重な警備システムがついています。今から、私が電気のブレーカーを落として、家をわざと停電させますので、先生は十分以内に原稿を探してくれませんか」
「たったの十分で?」
「十分経過すると、非常用発電装置が作動して監視カメラが復活するし、十五分以上停電すると、警備会社に発報されて警備員さんが来る仕組みなんです。ですので、その前に」
「口で言うのは簡単だが、ヒントはあるのか。手がかりもないのに、人の部屋を十分で探せなんて、泥棒か探偵かどちらか、あるいは超能力者だ。あいにく、俺はしがない高校教師。人の道は踏み外したくない」
「そんなことは言わないで、そこをなんとかお願いします。ここまで来て、なにもしないで帰りますか」
原稿は取り戻したい。しかし、そのために生徒の家を勝手に探るなど、やはり越権行為そのものだ。
暗がりの中、むやみに探して回り、たったの十分で掘り当てる自信もない。俺は、鼻が利く犬ではない。
「……いい。これは、やめよう。だめだ」
「やめる? なぜ? ここまで来たのに」
俺の宣言に、咲久良は反対した。
「これはよくない。咲久良も、薄々と気がついているはずだ。いくら家族でも、留守中に部屋を引っ掻き回されたら気分がよくないだろう。警察沙汰になるかもしれない」
「それはそうですけど、でも、母は先生の作品から盗作をしたんですよ。悪いのは母です。許せません」
「もう、忘れろ。俺はあの作品どころか、創作していたことすら忘れていたぐらいだ」
「……としくんの意気地なし。鍵がついていて、カメラが動いているぐらいで、怖気づくなんて。私が、誰かのものになってもいいんですか」
「だから、お前は俺を買いかぶり過ぎだ。俺は、ただの高校教師で、お前は普通の生徒。頼られて迫られて、俺も多少のぼせあがっていたようだ。すまない。恋人ごっこではなく、真正面から、婚約についてお前の両親に訊いてやる。すぐに破棄できなくても、延期ぐらいできれば上々だろうし、それでいいだろう」
「いやです! たとえ、坂崎さんとの婚約が解消になっても、母はきっとほかの男を、代わりの婿候補に連れてきます。次々と。私は、そんなのいやです。先生がいい。あんな素敵な作品が書ける人なら、いっそのこと、全部まかせたいって思っています。としくんがいい。としくんしかいません!」
「……あんな作品?」
「あっ、それは」
しまった、という顔をしたあと、咲久良は口もとをおさえた。
「お前、まさか俺の原稿の在り処を知っている? それどころか、読んだことがある素振りだったな今」
「し、知らない。私、知りません。としくんのことが、好きなだけです」
「お前……はぐらかすな。もしかして、俺のことを前から知っていたのか」
「ううん、知らない。知りませんよ! 出逢ったのは今年、としくんが私の担任になって偶然ですもの」
「嘘をつくな」
もちろん、誰もいない。俺たちが交互に床を踏み歩く音しかしない。
これって、やはり犯罪じゃないのか。深夜、人の家に忍び込んでものを取ろうとしているのだから。
もともとは、自分の身から生まれた原稿を奪い返すためとはいえ、この行動は現役高校教師のやることではなかった。
しかし今さら、咲久良を止められず、勢いもあって、言われるがままついて来てしまった。酔いは醒めたと思うのに。
こいつを守るには、盗作の証拠……つまりは原稿が必要なのだ。坂崎なんていう男に、咲久良は渡せない。
「ここです」
当然だが、部屋の主が留守なので、鍵がかけられている。
「鍵は手に入ったんですけど、この部屋だけは、特に厳重な警備システムがついています。今から、私が電気のブレーカーを落として、家をわざと停電させますので、先生は十分以内に原稿を探してくれませんか」
「たったの十分で?」
「十分経過すると、非常用発電装置が作動して監視カメラが復活するし、十五分以上停電すると、警備会社に発報されて警備員さんが来る仕組みなんです。ですので、その前に」
「口で言うのは簡単だが、ヒントはあるのか。手がかりもないのに、人の部屋を十分で探せなんて、泥棒か探偵かどちらか、あるいは超能力者だ。あいにく、俺はしがない高校教師。人の道は踏み外したくない」
「そんなことは言わないで、そこをなんとかお願いします。ここまで来て、なにもしないで帰りますか」
原稿は取り戻したい。しかし、そのために生徒の家を勝手に探るなど、やはり越権行為そのものだ。
暗がりの中、むやみに探して回り、たったの十分で掘り当てる自信もない。俺は、鼻が利く犬ではない。
「……いい。これは、やめよう。だめだ」
「やめる? なぜ? ここまで来たのに」
俺の宣言に、咲久良は反対した。
「これはよくない。咲久良も、薄々と気がついているはずだ。いくら家族でも、留守中に部屋を引っ掻き回されたら気分がよくないだろう。警察沙汰になるかもしれない」
「それはそうですけど、でも、母は先生の作品から盗作をしたんですよ。悪いのは母です。許せません」
「もう、忘れろ。俺はあの作品どころか、創作していたことすら忘れていたぐらいだ」
「……としくんの意気地なし。鍵がついていて、カメラが動いているぐらいで、怖気づくなんて。私が、誰かのものになってもいいんですか」
「だから、お前は俺を買いかぶり過ぎだ。俺は、ただの高校教師で、お前は普通の生徒。頼られて迫られて、俺も多少のぼせあがっていたようだ。すまない。恋人ごっこではなく、真正面から、婚約についてお前の両親に訊いてやる。すぐに破棄できなくても、延期ぐらいできれば上々だろうし、それでいいだろう」
「いやです! たとえ、坂崎さんとの婚約が解消になっても、母はきっとほかの男を、代わりの婿候補に連れてきます。次々と。私は、そんなのいやです。先生がいい。あんな素敵な作品が書ける人なら、いっそのこと、全部まかせたいって思っています。としくんがいい。としくんしかいません!」
「……あんな作品?」
「あっ、それは」
しまった、という顔をしたあと、咲久良は口もとをおさえた。
「お前、まさか俺の原稿の在り処を知っている? それどころか、読んだことがある素振りだったな今」
「し、知らない。私、知りません。としくんのことが、好きなだけです」
「お前……はぐらかすな。もしかして、俺のことを前から知っていたのか」
「ううん、知らない。知りませんよ! 出逢ったのは今年、としくんが私の担任になって偶然ですもの」
「嘘をつくな」