とにかく、俺は最寄りの駅まで電車に乗り、その先はタクシーに乗り換えた。車で来いと言われたが、すでにしたかかに酔っている。無理だ。

 咲久良の指示は、自宅前五十メートル手前で待っているから、そこで降りろと、とのこと。車を自宅正面に横付けされると、困るらしかった。

 指示通り、俺がタクシーで向かうと、屋敷の前に咲久良が立っていた。その場で、ぴょんぴょんと跳ねている。

「こっち、としくん!」

 夜はだいぶ肌寒くなってきたというのに、やけに薄着だった。半袖パーカーにミニスカート。その下は素足にサンダル。

「おい、お嬢さまのくせに、こんな扇情的な格好で外出したら、襲われても文句言えないからな」
「だいじょうぶ、としくんになら襲われたいです。あたためてください。『原稿探しの正規推奨ルート』ではなく、そっちの、『既成事実でいろいろ突破の裏ルート』の選択肢へ進みますか?」
「進まねえよ、絶対!」
「そんな大きな声で、即否定しなくても……いちいち、か弱き乙女を傷つける人ですねー。では、それより今から言うことを、よく聞いてください」

 あくまで咲久良は自分中心。俺は閉口した。

「門と玄関に監視カメラがあるので、うまく躱してくださいね。私の言うタイミングで、一気に走り抜けてほしいんです。さあ、こちらへ」

「監視カメラを、走って躱すだと?」

 咲久良は、俺の戸惑いも知らず、俺の腕を自分の胸に押し当てて引っ張った。

 わざと、なのか?

 感触を味わったら負けだと思いつつ、俺はこんな非常時に咲久良の胸のふくらみを堪能してしまった。やわらかい。うん、下着……つけていない。どこまで狙ってんだ、こいつは。

 咲久良が言うには、門扉と玄関ドア付近に監視用のカメラが設置されているという。
 それぞれ、二十秒ずつで録画映像切り替わるそうなので、映っていない二十秒のうちに各ポイントを通ってしまえば記録されないらしい。

 見る限り続いている、長い長い塀。外見だけでも豪邸だと分かる。
 セキュリティもそれなりに強化してあるのだろうが、このあともいくつ困難が待っているのかと思うと……それに、仮にも教師が、娘の手引きで、不法侵入のような真似をしていいのか?

「泥棒みたいだな」
「せめて、アクション映画と表現してください。これしか方法がありません。さあ、走って!」

 監視カメラの切り替え時間を知っているこいつ、カメラの様子を時計と交互に見やって、いち、にい、さん、しい……咲久良が数を唱えはじめた。
 俺は、自分の鞄をかかえて咲久良の後を追う。ほぼ、酔いは醒めたけれど、夜中にスーツと革靴での全力ダッシュはかなりきつい。

 しかしとにかく、門扉の中には無事入れた。第一のポイントはクリアだ。

「ごめんね、先生。母が帰って来たら、原稿の在り処を調べられないし」
「急な知らせ、なの、か」

 息が上がっていてうまく声が出ない。毎朝、そこそこ走り込んでいるつもりでいるものの、それとこれとでは運動量が違うようだ。

「そう。予定では、あさっての夕方だったのに。取材、早く終わったのかも」

 やはり、坂崎の仕業か。

 俺が咲久良の周辺で、こそこそと嗅ぎ回っていると感じたに違いなかった。担任として、坂崎とは堂々と会ったつもりだが、淫行教師の認定を受けて終わっただけだった。向こうの持っている手札のほうが上だった。
『恋人のとしくん』は、冴木鏡子の盗作事実について、なんとしてでも証拠をつかみたい一心だった。そして立場大逆転、もうこの道しか残されていない。

 第二ポイントの玄関も乗り越え、俺はようやくひと息つけた。

「協力ありがとう、先生。ううん、としくん。こっちだよ」