今日は日曜だったが、朝早くから出勤だった。


 教師には、休日出勤がよくある。ほんとうに、よくある。研究のための出張もあるが、多いのは部活動の指導だ。

 国語という教科担当ゆえ、俺は文芸創作部の顧問を任されている。

 部員は十名ほどの、小さな部。運動部などを割り振られたら、やれ練習だ、やれ大会だのと、貴重な休日が消滅してしまうので、俺はこの部を大切に大切に指導している。
 趣味で、毎朝ランニングをしているなんて公言したら、絶対に運動部担当になってしまう。ゆるーい活動万歳、地味部大好き!


 今日は、県外にある、有名作家の文学館を見学に行くことになっており、朝早く学校に集合し、学校所有のマイクロバスに乗った。

 部活動の一環だが、制服では堅苦しいのではないかという意見が一部女子の間から挙がり、まあ息抜きでいいかなと、俺は派手でない範囲での私服を許した。生徒の側面を見る機会にもなると考えたからだ。

 このやり方に、懐疑的な同僚も数人はいるけれど、生徒は特別感のある私服行動が大好きだ。修学旅行などで弾け過ぎないよう、素地を作っておくことも必要だとか生徒側に立った言い訳を俺は作りつつ、現在に至っている。

 まあ、そもそも文芸創作部などに入部する生徒は元来地味で、行楽地に出ても、はじけようない真面目な粒ばかりなのだが、創作部は素敵な教師が顧問であり、私服行動がたまにあるという理由で、一定数の生徒を毎年それなりに獲得していた。このまま、安泰であってほしい。運動部、イヤ。ゼッタイ。


「体験入部の、咲久良みずほさん。先生、ご存知ですよね」

 朝、部長が俺の前に連れて来たのは、俺が担任しているクラスの女子生徒だった。もちろん、俺は頷いた。

「おはようございます、土方先生」

 咲久良みずほ。

 高原の乙女をイメージさせるような、白いワンピースを着ていた。ほかの女子が身につけたら浮いてしまうかもしれないような難しい服を、さらりと着こなしている。

 クラスの中でも、咲久良は控え目で、行動もおとなしい。いわゆる、目立たない子。そういえば部活動にはどこにも参加していなかったなと、咲久良のプロフィールを頭で思い浮かべた。

 しかし、全世界が泣き出しそうな・圧巻の・王道・お嬢さまスタイル。

 なかなかいいじゃないか。かなり化けるな。今まで、隠していただけか。俺の下心は、私服の咲久良を値踏みしていた。いやいや、教師としてあるまじき行為。自戒しろ。

「おはよう、咲久良。こんな時期に、体験入部か」

 地味な文芸創作部への、中途入部は珍しい。こういう輩は、訳ありだ。
 部の中に、気になる男子でもいるのだろうか。部内で恋愛関係になると、荒れる。少人数なら、なおのこと。それか、学校への点数稼ぎでの部活動?

 だが、俺は笑顔を浮かべて本音を隠した。

「大歓迎だ。今日は一日、楽しんでいってくれ」
「はい」
「足りないところがあれば、どんどん提案してほしい。外部からの意見は貴重だ」
「ありがとうございます」

 再び、咲久良は頷いた。いい笑顔だ。制服では気がつかなかった。白い服に、表情が映えているだけではないようだ。

 これはわりと、好みのタイプかもしれない……おっと。

 いやいや、俺はなにを妄想しているのだ。相手は生徒で、十歳も年下だ。奇妙でバカな考えは捨てろ。この妙な感情は、着ている服のせいだ。

 バカな考え……いわゆる、『教師と生徒』の禁断の恋愛は、御法度のように言われているが、わりとある。ざらにある。諸先輩の実話をいくつも聞いてきた。

 中には、きちんと手順を踏んで結婚したつわものも存在するし、生徒との深ーい仲が学校にバレてクビ、なんていう憐れな末路を辿った教師もいる。

 俺は、生徒との恋愛は絶対にしないと思って教師生活五年目を迎えていたが、初めて咲久良にどきりとした。悔しい。不覚にも、小娘相手に動揺するなんて。

 咲久良も咲久良だ。

 いくら弱小文化部とはいえ、こんなお嬢さまスタイルの部活動ではないということを、今日はきちんと教えてやらなければならない。

 ほかの女子は九割、健康的なTシャツに、定番ファストファッションのジーンズ姿。ほら、男子生徒が、咲久良の姿を見て赤くなっている。


 俺が運転するマイクロバスで、目的地へと出発した。

 新参の咲久良が浮いていないか、俺はそれとなく観察していたが、学年関係なく男子とも女子とも、そこそこうまく渡り合っていた。控え目だが、ただおとなしいだけではないらしい。

 文学館の見学を順調に終え、次の部活活動日までに今日の感想をまとめておくことが宿題となり、帰路に着いた。しかし、困難はここからはじまった。


 高速道路での事故による、大渋滞に巻き込まれたのだ。

 学校への帰着時間は大幅に超過し、本来ならば学校解散のはずが、生徒の帰宅を考慮し、俺があちこちの駅まで送り届けることになってしまった。