俺は、坂崎を呼び出した。
 もちろん、咲久良には内緒で。

 先方の指定で、自然食にこだわるバルに決まった。場所は新宿。帰路からは外れているが、仕方ない。
 昼はそれっぽいランチ利用の女子で占められているというが、夜は一転、飲める店になるという……のが、インターネットサイトの検索結果。
 
 はじめて会う男がふたりで、バルでディナー。
 いや、余計な雑念をいだくのはよそう。面談の予備面談だ。あくまで業務の延長に過ぎない。

 終わったら、定食屋で口直しだ。最近は忙しくて、食べに行っていない。


 意外にも、坂崎は先に到着していた。坂崎の名前を出すと、すんなりと通された。奥まった場所にある、テーブル席。内密の話もしやすそうだ。

「初めまして、坂崎です」

 俺は目を疑った。

 そう言って立ち上がり、名刺を渡してくる坂崎。
 名刺には『咲久良剣(つるぎ)事務所秘書 坂崎北斗(ほくと)』とあった。剣というのは、咲久良の父の名だ。

 どこからどう見てもさわやかな好男子なのだ。
 俺よりも背が高く、やさしい顔立ち。痩せているようで、わりと筋肉質のいい身体をスーツで隠している(多分)。学生時代には、スポーツでもしていたのだろう。短く切り揃えられた髪も着ている物も靴も小綺麗で、清潔感がある。
 電話ではちょっと高飛車な口調だったが、実際に会ってみると感じは悪くない。仕事柄、ああいう事務所には迷惑な電話もあるのだろう。

 想像していたような、ごついゴリラ男子ではなかった。残念ながら。そうか、そうだよな、冴木鏡子の愛人だもんな。俺は自分の考えが甘かったことに気がついた。

「咲久良みずほさんの担任で、土方といいます」

 負けじと、俺も名刺を出した。肩書きもなにもない、連絡先だけが書いてある自作のプライベート用名刺だ。

「ほう、土方歳三さんですか。これはこれは。剣道でもされているんですか」
「いいえ。まったくの文系で、教科は国語です」

 即座の切り返しに、坂崎は苦笑したが、その笑いさえもいちいちさわやかで、俺はいらついた。

「まずは乾杯しましょう。飲み物はいかがしましょうか」

 この店に何度も通っているらしい坂崎は、さりげなく俺に苦手な食材を聞いたあと、適当に食事の注文を入れた。手際のよさに、またまたいらつく。俺、そんなにカルシウム不足だったか。

 とりあえず、ビール。乾杯。

 和んでいる場合ではないけれど、こいつの人となりをそれとなく、探らなくてはならない。見た目はよくても、咲久良を苦しめている不倫男にして、偽りの婚約者なのだ。

「あ」

 しかし、オードブルから美味だった。野菜がいい。オリーブオイルと塩だけでいける。このあとに出てくる肉料理も期待できそうな味だ。
 いや、俺は食事に来ているのではない、咲久良のことを訊きに来たのだ。攻略されかかってどうする。なのに、ついついフォークが進む。