墓参りを終え、俺たちはふらふらと上野方面へとゆっくり歩きはじめた。咲久良はまだ帰りたくなさそうだった。再び、手をつないでやった。

 すでに予定を断ってしまった俺も、このあとさして用がない。

「せっかくだから、このままぶらぶら歩いて動物園でも行くか。美術館もいいが、せっかくの好天。この歳で動物園デートなら、まさか知り合いにも会わないだろうし」
「はい! 小学校の遠足以来です」

 帰らなくて済んだせいか、それとも単純に俺と一緒にいたかっただけなのか、咲久良の脚取りは急に軽くなった。俺の手を強く引っ張ってぐんぐんと進む。
 明るい陽を浴びて、いっそう、笑顔がきらきらと輝いてきた。若い。おっさんの俺には眩しい。

「気合い、入ってるな」
「当然です。としくんとデートだもの。私、お祖母ちゃんに、としくんのことが紹介できてうれしかった」
「俺も、咲久良の笑顔が見られてよかった」

「恋人役、としくんに頼んで正解。感謝です」
「ほかに候補がいなかっただけだろ」
「へへ、ばれていましたか」
「それはそうと、早目に約束を取りつけておけよ。親御さんたちと。俺は、そっちの予定を優先する。平日の夕方でも、休日でもいい」
「あー、またその話ですか。やだなあ」

 どうしても、咲久良は親に俺を紹介したくないらしい。敵の内情を知らなくては、俺だって戦えないのに。

「結婚話が出ても、未成年のうちは親の同意が必要だ。両親の承諾は絶対に得たい」
「けっこん? 結婚するんですか、としくん。もしかして、私と」
「この先、絶対にしないとは言い切れないし、恋人ごっこを続けるなら慎重に真面目に遂行したい。不実でいいかげんな恋人は、咲久良だってイヤだろ」

 単純。『結婚』のひとことに、咲久良は全力で釣られた。餌が大きかったか。

「本気なのかって、期待しちゃいますよ。結婚なんて、言われたら。ふふふ」
「恋人のふり以外の方法で、お前を守れたらいちばんいいんだけどな。俺というターゲットに、強引にキスしてくる女なんて、あぶなっかしくて放っておけないだろ。ほかの男に同じことをしてみろ、大変なことになる。この、ねじ曲がった根性は、短期間でびしばしとスパルタ矯正してやるから、今後は身を引き締めろ」
「はい。でも今日だけ、すみませんが今日だけは、私のペースでお願いします」

 そう言うと、咲久良は俺の胸に飛び込んできた。
 周囲を歩いている親子連れが、じろじろと白い目で見てきた。

「おい、咲久良……」
「私、もう本気です。先生が大好き。たくさんキスしてください。先生に、私を全部あげちゃいます。結婚してください!」
「声、大きいって」
「としくんがオッケーと言うまで、離れません」
「……こっち、とにかく」

 俺は、木陰へ咲久良をかかえるようにしながら引っ張る。興奮なのか発情しているのか、咲久良は息が荒い。だいぶ汗もかいているようで、額に前髪が貼りついている。
 動物園で、もっとも本能をむき出しにしている、咲久良。

 こいつの笑顔につられてつい、結婚なんてちらつかせてしまったが、もっと冷静にならなければ。

「としくん……」
「落ち着け、咲久良」
「ふたりきりになりたい。としくんにもっと触れていたい」

「お前の気持ちはよく分かった。でも、このままお前を抱きたくない。俺たちは教師と生徒。本気の恋だとバレたら、引き離される。本気なら、心を隠すんだ」

 そういう俺の声も震えている。咲久良を奪いたくてたまらなくなっていた。
 落ち着け、俺。なるべく、咲久良の中にある女の部分を感じないように、俺は目を閉じて慎重に咲久良の背中を撫でて、なだめた。