咲久良を俺のものにすれば、咲久良は安心できるのだろうか。
 いや、本気で俺のことを好きとは思えない。それでも、婚約者よりはいくらかましな位置づけってところだろう。

 駐車場から部屋に戻るエレベーターの中で、咲久良が俺に寄りかかってきた。

「私、学校辞めますから、としくん結婚してください。それなら、問題ないですよね。今すぐに入籍しなくても構いません。あの家にいたくない」
「咲久良、しっかりしろ。お前はまだまだ若い。俺みたいな、収入の少ない三十手前の男に騙されてもいいのか」
「としくんなら、騙されたいです。公務員万歳。あーあ。今夜、としくんの赤ちゃん、できないかなあ。そうしたら絶対責任取ってくれますよね、もちろん」

「泊めるとは言ったが、一緒には寝ないし!」
「冗談ですよ、冗談。あわてているとしくんも、かわいいですね。いろいろ遊んでいそうなのに、うぶで」

 部屋に戻ってくるころには、いつもの咲久良に戻っていた。

 ご丁寧にも、咲久良は家から赤ワインを土産に持参していた。
 豪邸のリビングに飾ってあったのを、くすねて来たらしい。多少、ビーフシチューの煮込みに使ったようだが、残りは俺の胃の中にすっかりおさまった。
 馥郁としていて、実に香りのよいワインだった。なんとなくラベルを見たら、かなりのヴィンテージものだった。料理に使うなんて、もったいないほどの逸品。確かに、すぐに飲まないで、飾っておきたくなるワインかもしれない。

 しかし、酔ってしまった。

 料理はうまいし、酒もよかった。目の前には、生脚をさらけ出した若い女。据え膳というやつだ。

「としくん、もう一杯どうですか」

 しかも、もっと飲めと要求してくる。

「口移しなら飲む」
「いやっ、おやじっぽい」
「『じょしこうせい』から見たら、二十七歳はじゅうぶんおやじだろ」

 そう言いながらも、咲久良は俺の要求に忠実に応えた。咲久良の唇は、熟成された極上の赤ワインよりも甘く、うっとりするほどやわらかい。

「たぶんこのまま、押し倒すと思う。初めてが酔っ払いの勢いで、いいのか」
「ちょっと嫌ですけど、そんな悠長なことは言えません」

 咲久良の首もとで、先ほど買ってやったネックレスが光った。かわいいやつだ、もう身につけているとは。恋人のふりのつもりが、けっこう本気なのかもしれない。
 教え子でも、これは我慢ならない。俺は、咲久良の首筋をなぞるように唇を這わす。咲久良が小さく喘いだ。やばい、本気で野獣モードになってしまう。

「いい声で啼くもんだな、初めてのくせに」

 そのまま俺は、咲久良の上に覆いかぶさって……意識を失った。