サンドイッチを食べ終わると、ふたりで買い物にでかけることになってしまった。
 念のため、変装用に帽子を被る。すっかり咲久良のペースにはまってしまい、婚約者の件など聞けやしない。

 でもとにかく、咲久良は楽しそうだった。笑顔が途切れない。学校で猫をかぶっている平均点少女ではない。
 そんなときに、家の話をしてわざわざ水を差したくないという気持ちが自然と働く。
 なにやってんだ、俺。ある意味、喰われちまっているじゃないか。相手は十歳も違うのに。

 咲久良は俺のランニング用シューズをわりと真剣に吟味してくれた。色、デザイン、フィット感。俺に、似合うかどうか。
 自分の脚に合って走れれば、見た目はあまりこだわらないほうだったが、咲久良はさすが女子だけある。細かい。

「彼女さん、的確なアドバイスですね」

 頷きながら、店員も褒めていた。
『彼女』扱いされて、咲久良はうれしそうに照れた。頬を赤くして。
 結局、咲久良に乗せられるがまま、俺にしては派手めな赤いシューズ(お値段もややお高め)に決まった。普段なら、絶対に選ばなかっただろう。

 お目当てのパンケーキも、咲久良が事前に携帯で予約してくれていたので、並ばずに食べられた。土曜日とあってか、店はとても混んでいて、長蛇の列だった。しっかりしている子だと見直すしかない。

「甘いもの、嫌いだったらどうしようと思いましたが、その調子ならだいじょうぶそうですね」
「今日はお前のせいで、特別カロリーを消費する日だ。しっかり糖分を入れていくぞ。このあとは、どうする。お前、ほしいものは」
「ほしいもの?」
「せっかくだから、なにか買ってやる。ひとつだけなら」

「まじですか! 気前いいですね。じゃ、としくんをください。特別に、えっちい成分を増量してもいいですよ。いやだー、恥ずかしい」
「バ、バカ。外でなにを。しかも、俺は売りもんじゃねえよ!」
「今夜、泊まりますね。お部屋を見て安心しました。理想的です。広いおうちにひとり暮らしで。実家暮らしとか、まさかの同棲済だったら、どうしようかと冷や冷やしていたんですよ、これでも」
「咲久良、俺にとってお前は未成年で教え子。恋人のふりったって、実際にあれこれいたす必要はひとつもない。冗談はやめるんだ」
「冗談なんかじゃありませんよ。明日は日曜ですし、ゆっくりできますよ」

「明日は朝から予定がある」
「つれないですねえ。着替えも下着も持参したのに。新品ですよ」

「あのなあ、俺に対する嫌がらせか? これ以上俺の生活を圧迫するなら、親に報告するぞ。この、ストーカーが」
「わ、逆に脅迫するんですか。これ、学校に提出しますよ。キス抱擁写真、公表されてもいいのかな、風紀を守る土方せ・ん・せ・い?」

 弱味を掌握されていた。

「じゃ、今夜はよろしくお願いします。初めてなので、たっぷりと時間をかけてやさしくしてくださいね。婚約をぶっ潰すには、既成事実がいちばん効果的なんです」

 駐車場まで戻る途中、結局、アクセサリーをねだられて買わされる羽目になった。
 咲久良の誕生石が入ったネックレスだ。ひと目で気に入ったという。お泊りのうえにおねだりかよ……。

「一生大切にします。ありがとうございました」
「ほんとうの彼氏ができたら、即ゴミ箱行きだろ。お前、彼氏を作る気はないのか。そうしたら俺もお役御免できるのに」
「ただの『彼氏』じゃだめなんです、恋人です。結婚を誓った恋人。そのためには、同世代、高校生では無理があります。経済的に包容力がある社会人じゃないと、親を説得できません」
「恋人ったって、エア恋人みたいなものだから、リアルを追及しなくてもいいだろうに。俺の友人を紹介してもいいんだぞ。比較的まじめな、話の分かる無難なやつを選んでやるから。職業は、もちろん教師以外で」

「ダメ。現実感がないと、簡単に見破られます。相手を理解しあった上での深い仲、じゃないと。私の母、冴木鏡子(さえききょうこ)っていう名前で、小説を書いているんですよ、ご存知ですか」
「冴木鏡子? 売れっ子の小説家じゃないか」
「そういうことです」

 なるほど。半端ない妄想力は母譲りか。しかも、冴木鏡子とは。
 俺は頭を掻いた。