いくら注意しても、咲久良は自分のペースを守り続け、洗濯機を回し、キッチンのシンクに溜まっていた洗い物を次々と片づけてゆく。鼻歌混じりでご機嫌だ。
しかもわりと、手際がいい。
それこそ、前の彼女よりも。
豪邸に住まうお嬢さまはずなのに。
反論するのが面倒になった俺は、咲久良の様子を座って観察していた。
肌がきれいだ。あの太ももの内側の、うんとやわらかい部分に頬ずりをして顔を埋めたい……そして、そのもっと奥には……いや、そういう観察ではない。相手は未成年。しかも教え子。
思考をもとに戻す。
意外と、生活慣れしているらしい。
「本もたくさんありますね。さすが国語教師」
「積ん読も、相当数あるけど。最近は、気になったときに買わないと、本は書店の棚からすぐ消えてしまう。かといって、取り寄せるまでではない」
「ネットとか、電子書籍じゃだめなんですか。場所も取りませんよ?」
「本は紙だ。紙は神だ。『枕草子』の一節にも、極上の紙があったら、気分サイコーみたいな場面、あるだろ。紙が命!」
「寝室も見せてください。ここですか」
「待て、そこは」
場所を言い当てた咲久良は、さっさとドアを開く。
リビングや台所の散らかりっぷりには、あまり動じなかったが、ここだけは違った。
「うわあ、カオスですね、カオス。天・地・創・造」
寝具はめちゃくちゃに乱れ、ごみやら紙類が落ちていた。
この部屋だけは、片付けないほうが落ち着くのだ。女が来たときにだけ、散乱物をベッドの下や脇に適当に押し込む、いつも。
「ほうほう。なるほど、これはいわゆるえっちいDVDというやつですね。こういうの、としくんも観るんですねー」
「おい、高校生はだめだ。R18だ」
拾ったパッケージを凝視してから、ようやく顔を上げる。
「こういうスタイルが好みのタイプですか、ふーん」
じろじろ見てくる。やっぱり、興味があるのだろうか。
「う、うるさい。返せ」
「同じ人のDVD、棚にも並んでいます。小柄童顔でいわゆる巨乳。この女性、ずいぶんと、物欲しそうな顔つきですねえ。上目遣いで、媚び媚び。あー、教師と女子生徒ものもあるー! やばい! 信じられない!」
「別にいいだろ、フィクションなんだから」
なんつーか、こいつのペースだな……常時。
「ロリコンなんですね! 私、希望を持てます。ロリコンの高校教師は、ちょっとあぶないですが。あ、今のところは通報しませんので」
「だから違うって」
第一、お前は巨乳じゃない。『巨』をつけるには、ちょっと足りない。でも、美乳だったらうれしい。そしてウエストがくびれていたら、もっとうれしい。いや、くだらない妄想は消えろ。
「ふだん、としくんは隠していますけど、かなりいやらしいですね。学校では、風紀風紀言っているのに。ひとり暮らしでベッドも広いとか」
「ほとんどの家具は、姉夫婦の持ち物なんだ。引っ越し先まで持っていくのが大変だって言われて。上にのっかっている、寝具は俺のものだが」
「いったい、今までに何人の女性を連れ込んだんでしょうねえ。え、両手指を折っても足りないとか。衝撃」
「そんなん、数えねえな。いちいち」
正直に、答えてなんかやらない。
「もてる男は発言が違いますね。関係した女性、数知れずなんて。私で何人目ですか、コノヤロウ!」
「お前は数に入らない。圏外」
きゃあきゃあ言いながら、咲久良はベッドの下まで、くまなく掃除機をかけた。
正直、高校生の咲久良には、刺激が強過ぎるものまで、いろいろ飛び出してきた。過去の女が忘れて行ったものとか、身に覚えがない逸品まで。
日ごろから、部屋の整頓は心がけようと本気で誓った。
たまっていた数日分の洗濯物が、ベランダで乾かされている。ひらひらと、風にたなびいている。
全部屋、掃除機がかけられ、洗濯物もすっかりたたまれている。
キッチンからは、おいしそうないい香りがするし、俺はただ座っているだけでよかった。
いつになく、自宅が家庭的な雰囲気になる。
……亭主?
咲久良は俺にブランチを提供してくれた。サンドイッチとスープ。サラダ。
「うまいな」
認めざるをえなかった。いろどりもよい。
「ありがとうございます」
「お前は食べないのか?」
「私は、家で済ませてきました」
咲久良の前に出ているのは、スープだけだった。もう、十一時だもんな。
「デザートもありますからね、しっかり最後まで食べてくださいよ」
「デザート?」
「はい、極上の美味です。なんて、ただのヨーグルトですが。ブルーベリー入りです。冷凍のブルーベリーを、ヨーグルトに投入するとおいしいですよ」
「それは分かったが、午後はちょっと買い物に出たい」
「車でなら、行けますよ。この近辺では、知人に遭遇する可能性がありますので、遠出しませんか」
「ついてくるのか?」
「当然です。夕食のシチューの煮込みにめどがついたら、いつでもオッケーですよ。私、新しくできたショッピングセンターに行きたいと思っていたところです。ちょっと距離がありますが、車ならすぐです。パンケーキがおいしいそうで。ここです、ここ。見てください!」
咲久良は携帯電話の画面を見せながら、身体を密着させてくる。
「としくん、甘いものも好きですよね」
「わ、分かった。だから離れろ。暑い」
しかもわりと、手際がいい。
それこそ、前の彼女よりも。
豪邸に住まうお嬢さまはずなのに。
反論するのが面倒になった俺は、咲久良の様子を座って観察していた。
肌がきれいだ。あの太ももの内側の、うんとやわらかい部分に頬ずりをして顔を埋めたい……そして、そのもっと奥には……いや、そういう観察ではない。相手は未成年。しかも教え子。
思考をもとに戻す。
意外と、生活慣れしているらしい。
「本もたくさんありますね。さすが国語教師」
「積ん読も、相当数あるけど。最近は、気になったときに買わないと、本は書店の棚からすぐ消えてしまう。かといって、取り寄せるまでではない」
「ネットとか、電子書籍じゃだめなんですか。場所も取りませんよ?」
「本は紙だ。紙は神だ。『枕草子』の一節にも、極上の紙があったら、気分サイコーみたいな場面、あるだろ。紙が命!」
「寝室も見せてください。ここですか」
「待て、そこは」
場所を言い当てた咲久良は、さっさとドアを開く。
リビングや台所の散らかりっぷりには、あまり動じなかったが、ここだけは違った。
「うわあ、カオスですね、カオス。天・地・創・造」
寝具はめちゃくちゃに乱れ、ごみやら紙類が落ちていた。
この部屋だけは、片付けないほうが落ち着くのだ。女が来たときにだけ、散乱物をベッドの下や脇に適当に押し込む、いつも。
「ほうほう。なるほど、これはいわゆるえっちいDVDというやつですね。こういうの、としくんも観るんですねー」
「おい、高校生はだめだ。R18だ」
拾ったパッケージを凝視してから、ようやく顔を上げる。
「こういうスタイルが好みのタイプですか、ふーん」
じろじろ見てくる。やっぱり、興味があるのだろうか。
「う、うるさい。返せ」
「同じ人のDVD、棚にも並んでいます。小柄童顔でいわゆる巨乳。この女性、ずいぶんと、物欲しそうな顔つきですねえ。上目遣いで、媚び媚び。あー、教師と女子生徒ものもあるー! やばい! 信じられない!」
「別にいいだろ、フィクションなんだから」
なんつーか、こいつのペースだな……常時。
「ロリコンなんですね! 私、希望を持てます。ロリコンの高校教師は、ちょっとあぶないですが。あ、今のところは通報しませんので」
「だから違うって」
第一、お前は巨乳じゃない。『巨』をつけるには、ちょっと足りない。でも、美乳だったらうれしい。そしてウエストがくびれていたら、もっとうれしい。いや、くだらない妄想は消えろ。
「ふだん、としくんは隠していますけど、かなりいやらしいですね。学校では、風紀風紀言っているのに。ひとり暮らしでベッドも広いとか」
「ほとんどの家具は、姉夫婦の持ち物なんだ。引っ越し先まで持っていくのが大変だって言われて。上にのっかっている、寝具は俺のものだが」
「いったい、今までに何人の女性を連れ込んだんでしょうねえ。え、両手指を折っても足りないとか。衝撃」
「そんなん、数えねえな。いちいち」
正直に、答えてなんかやらない。
「もてる男は発言が違いますね。関係した女性、数知れずなんて。私で何人目ですか、コノヤロウ!」
「お前は数に入らない。圏外」
きゃあきゃあ言いながら、咲久良はベッドの下まで、くまなく掃除機をかけた。
正直、高校生の咲久良には、刺激が強過ぎるものまで、いろいろ飛び出してきた。過去の女が忘れて行ったものとか、身に覚えがない逸品まで。
日ごろから、部屋の整頓は心がけようと本気で誓った。
たまっていた数日分の洗濯物が、ベランダで乾かされている。ひらひらと、風にたなびいている。
全部屋、掃除機がかけられ、洗濯物もすっかりたたまれている。
キッチンからは、おいしそうないい香りがするし、俺はただ座っているだけでよかった。
いつになく、自宅が家庭的な雰囲気になる。
……亭主?
咲久良は俺にブランチを提供してくれた。サンドイッチとスープ。サラダ。
「うまいな」
認めざるをえなかった。いろどりもよい。
「ありがとうございます」
「お前は食べないのか?」
「私は、家で済ませてきました」
咲久良の前に出ているのは、スープだけだった。もう、十一時だもんな。
「デザートもありますからね、しっかり最後まで食べてくださいよ」
「デザート?」
「はい、極上の美味です。なんて、ただのヨーグルトですが。ブルーベリー入りです。冷凍のブルーベリーを、ヨーグルトに投入するとおいしいですよ」
「それは分かったが、午後はちょっと買い物に出たい」
「車でなら、行けますよ。この近辺では、知人に遭遇する可能性がありますので、遠出しませんか」
「ついてくるのか?」
「当然です。夕食のシチューの煮込みにめどがついたら、いつでもオッケーですよ。私、新しくできたショッピングセンターに行きたいと思っていたところです。ちょっと距離がありますが、車ならすぐです。パンケーキがおいしいそうで。ここです、ここ。見てください!」
咲久良は携帯電話の画面を見せながら、身体を密着させてくる。
「としくん、甘いものも好きですよね」
「わ、分かった。だから離れろ。暑い」