「手ええええをはなせええええええええ!」

「ちぇっ、お堅いなあ。これからは、私のためにも部活に出てくださいよ? でないと私、あることないことしゃべっちゃうかも。担任に、襲われて奪われたとか」
「襲われて奪われたのは、俺のほうだっつーの! だいたい、あんな誘いかたって、あるか。普通の女子高校生が、いきなり男に抱きついたり、キスするのか。いたいけな担任教師を脅迫しておきながら、しらばっくれるつもりか、けだものめ。なにが目的だ」
「『普通の』なんて、くくりに入れないでください。私、全然普通じゃありません。親に決められた生活、親に決められた婚約者。高校だけは自由な校風を選べましたが、卒業したら即結婚なんですよ。ありえますか、現代日本で。創作文芸部に入るのも、せめてもの抵抗です。中身はともかく名前だけは真面目だし、ばれてもごまかせると思って」

 けっこう、深刻なのか。家庭環境。

「それは、悪かった。俺は担任とはいえ、お前のことをほとんど知らない。よかったら、話してくれないか。役に立てるかどうかは分からないが、できる限り力になりたい」
「それは、恋人としてですか。担任として、ですか」

「もちろん、担任教師としてだ。断じて、恋人ではない。それに、ふりだ。恋人のふり」

 その即答だった俺のひとことに、咲久良はひどく気分を害したようで、不機嫌な幼児のように頬をぷうと膨らませた。やっぱり、子どもだ。

「きらい。先生なんて、きらい。意地悪、けち。ここは、嘘でもいいから、恋人として放っておけないって、言うべき場面ですよ。そんな性格でよく、恋愛小説が書けましたね。先生は、人間のことがまるで分かっていません」
「う……」

「さあ、言い直してください。でないと私、なにを口走るか分かりませんよ?」

 奇妙な女子生徒に目をつけられてしまったと悲嘆するべきか、己の迂闊さを呪うべきか。

「恋人の……ふりをするにしても、放っておけない」
「ふり、ですか。そうですか。ここまで言っても」
「もともと、そういう契約だ」

「あれから考え直したんですが、ほんとうの恋人どうしになってもいいと思うんです、私たち。することしましたし、秘密の関係って燃えそうですよね」
「やめろ、やめろやめろやめろ、ヤ・メ・ロ。俺たちはそんな関係じゃない。突発的に唇が重なっただけだ。事故に近い。もっとも手近な男だった担任に、救いを求めた女子生徒、だろ。部活には出る、だからお前の話も聞かせろ」

「はー。まじで仕方のない教師ですね、何度もちゅっちゅしておきながら。えー、咲久良みずほ、高校二年生十七歳。身長百六十五センチ、体重四十八キロ。バスト八十三、ウエスト五十七、ヒップ八十五センチ。わりと均整の取れた、いい体型だと思います」

 ほどよい身体つきをしていそうだ。俺は、ちょっとだけ想像してごくりと生唾を飲み込んだが、お下品だったか。

「趣味は、恋人のとしくんといちゃいちゃすること。将来の夢は、としくんのおよめさん。できちゃった結婚でも可!」
「おい、そんな表面的なことや、お前の妄想は聞いていない」
「先生が言ったじゃないですか。私のことが聞きたいって」

「だから、どうして俺が恋人にならなきゃいけないこととか、お前の婚約者ってなんなのかって話だ。そんなの、話の流れでいちいちい言わなくても分かるだろうに」
「あれ? としくんは、私の身体が目当てだと思いました。恋人のふりする報酬として、それぐらい狙って当然かと」
「受け持ちの女子生徒の身体とか、あるわけねえよ!」