それは酷く耽美で、僅かに息苦しい。
 とても既視感を覚えたものだけれど、それを見たのは初めてだった。



 高校に入る前の部活見学で、たまたま空いてしまった時間に、たまたま来ただけの体育館。

 運動系に進もうなんて思わなかったけれど、なんとなくそこに入ってみれば、舞台の上では数人の男女が立っていて、パンフレットを見れば今の時間は演劇部の時間らしい。



 息抜きに来ただけのほんの僅かな時間。終盤だったと言うのもあって、数分もすれば終わってしまったけれど、その数分で、私は魅せられてしまったのだった。


 目の前を桜が横切った。

 風は暖かい空気を勢い良く運んで行き、耳に微かに届く音と共に大量の桜が舞う。


 今日は四月一日。私──三桜 優《みおう ゆう》が高校演劇に魅せられて約九ヶ月後の話である。


 四月に入れ替わったばかりの暦には、大きな丸印と一緒に、わかりやすく入学式という文字が彩られていた。


 新しいローファーはコンクリートの地面を鳴らし、頭上で一つに纏めた茶色い髪は歩く度に左右に揺れる。
 自分の偏差値より幾許か上のこの高校に入るには相当な努力が必要で、その願掛けとして伸ばしていた髪も、大分長くなってしまっていた。


 事前に知らされていた教室へと入り、黒板に張り出されている紙を見ながら自分の席を探す。

 集合時間よりも早めに来すぎたのか、教室には一人しかいない。窓から下を見れば、ちらほらと数人が校舎に向かって歩いている姿が見える。


「えぇと……、安部 翠《あべ みどり》くん?」
「うん。出席番号一番、安部 翠です」


 黒い髪のきのこヘアーみたいな髪型をした男の子が、一番前の一番端に座っている。安部くん。安部 翠くん。


「私は三桜 優、出席番号は……、二十九番、だよ」
「三桜さんか、これから一年間よろしくね」


 そう言って握手を交わした。思っている以上に学校生活は良い物になりそうだ。

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作品のキーワード

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア