*38
 柏木さんに今朝拾ってもらったところで降ろしてもらう。荷物もあるし自宅まで送るよと言ってくれたけど断った。自宅に送れる男性はひとりだけ、と私は無意識に縛りを付けていた。仏壇の父に線香を上げるのも母に挨拶するのも、ダイニングテーブルで私の隣に座るのも私の部屋に入れるのも、それを許せるのは八木田橋だけだって今更ながら気付いた。車を降りて見えなくなるまで深々と頭を下げる。母の言う通り、気を持たせるだけで終わってしまった。柏木さんにも父の知人にも申し訳ないことをした。自宅のドアを開けると醤油の香ばしい匂いがした。ただいまと声を掛け、お土産のパンをテーブルに置いた。
「母さん……ごめんなさい」
「分かったならいいのよ、明日にでも写真は返して来るわ」
 出来上がった惣菜をテーブルに置いた。匂いに釣られて指でつまみ食いをする。ホッとする味に涙腺が緩んだ。母が柏木さんがいいと考えてたなんて私の勝手な被害妄想だった。八木田橋との結婚を躊躇した理由は流産や元カノ、それだけじゃない。こうして毎晩母の料理を口にできなくなることや、自分がこの家を離れること、母をひとりにすることも薬局を辞めなきゃいけないことも、そして知り合いも親戚もいない猪苗代に行くのも怖かった。ひとつひとつは小さなことでも全てが重なっておおきな塊となってやって来て、私はどうしていいか分からなかった。
「あ、板」
八木田橋からチューンナップが終わったと連絡をもらったのを思い出した。別れたのに板を預けて置くのも悪いと思った。八木田橋にメールする。
 いつ行こうかとカレンダーを見る。来週か再来週か……どちらにしたって八木田橋から板を受け取ったら最後になる。最悪、処分したとか宅配便で既に送ったと言われたらもう会うことすらない。
 手にしていたスマホが鳴る。八木田橋からの着信だった。
「なんだよ、着信拒否したんじゃなかったのかよ」
 無愛想な八木田橋の声。いつもの声にホッとしたけど、あと何回聞けるかと思うと胸が痛くなった。
「いらないんじゃなかったのかよ、板」
「もしかしてもう処分しちゃった?」
「いや」
 八木田橋のひとことひとことを耳に焼き付ける。これほどまでに思う人をなぜ手放してしまったんだろう。来週来るか?、と言われて返事をして電話を切った。桜を見た日に終わりにしようと言ったのは私。あの日で最後にしようと決めた癖にこうして会えることに期待する。でも来週会いに行くのが最後になる。でも、いい。私には思い出がある。八木田橋が華麗に滑る画像も菜々子にキスされてデレた八木田橋の画像も、八木田橋の滑り方も体が覚えている。板だって……。
 あの板のお陰で八木田橋と出会えた。私の板を見掛けた八木田橋はカウンターにいた私に声を掛けた、自分が開発した板を見つけてきっと嬉しかったはずだ。でも私はその板で昔ながらの滑り方をした。それを気に入らなかった八木田橋はきつい口調で私に教えた。でもそのお陰で私は八木田橋の綺麗な滑り方を覚えた。盗まれた板を八木田橋は取り返してくれた。地方予選を控えていたのに体当たりで取り返してくれた。自分の開発した板だからという理由だけじゃない、私が大切にしていた板だから私と八木田橋をつないだ板だから。もし私が元カノの身代わりだったら、きっとそこまでしていない。私に支えるという言葉でプロポーズして、仏壇の父に、テーブル越しの母に頭を下げて挨拶して。妊娠した私と産婦人科に行って、まだ点でしかなかった赤ちゃんの画像を見て目を潤ませていた。大きな手を口元に当てて何度も顎を擦るようにして。ただ子ども好きだからじゃなくて、私との間に授かった赤ちゃんだから……。そう思うのは自惚れじゃない。後悔先に立たず、だ。
 翌週、私は予定通り車で八木田橋のいるホテルに向かった。猪苗代も新緑の季節を迎え、春らしい眺めに癒された。磐越道を降りてホテルに向かう。坂の上にそびえ立つ建物の手前に赤い花畑が広がっていた。ポピーだ。赤にピンクや白の花も混じり、斜面を覆い尽くしている。花摘みを楽しむ家族連れもいて楽しそうだった。私は路肩に車を停めてそれをしばらく眺めていた。助手席の窓をコンコンと叩く音がした。路上に停めていたのを注意されたのかと思い、慌てて車を発進させようとした。
「おい」
八木田橋だった。ユニフォームなのか、襟のあるクリーム色のシャツに緑のエプロンを掛けて麦藁帽子を被っていた。その長身の彼に合わない丈のエプロンについ、鼻で笑ってしまった。窓を開ける。
「笑うなよ」
「だって超似合ってるし」
「うるせえよ。もう少しで上がるからロビーで待ってろよ。ロールケーキ食いてえし」
「うん……」
 八木田橋は、じゃあ、と片手を上げてポピー畑にもどって行った。その仕種がゲレンデでポールを上げて挨拶した姿と重なる。
 駐車場に車を置いてロビーに行く。ジャケット姿の酒井さんは私を見つけて挨拶をした。きっとこれも最後の光景だと目に焼き付ける。
「あれ、荷物は?」
「今日は日帰りだから」
またまた~、と酒井さんは笑い、フロントのスタッフと会話を始めた。そしてその従業員から鍵を預かると私に差し出した。
「青山さん、はい。もしかしてヤギのサプライズだった?」
 差し出された鍵は3桁の部屋番号が刻印されたコンドミニアム棟の鍵。酒井さんは、ごめんね、俺、またやっちゃったね、と頭をかいた。
「てっきりお祝いに来たんだと思って」
「お祝い?」
「明日ヤギの誕生日だからさ」
 知らなかった、八木田橋の誕生日。何も用意してない……。でも別れたんだし、お祝いする義理もない。
スマホが鳴る。酒井さんから鍵を預かり、礼を言って離れる。画面を見れば知らない10桁の固定電話の番号。とりあえず出る。
「もしもし、オバサン?」
 甲高い女の子の声。ひょっとして。
「な、菜々子? なぜ私の番号知ってるのよ」
「そんなことより。オバサン、いいの?」
「何が」
「ほんとにほんとに菜々子、ヤギせんせとケッコンしても」
「約束したんでしょ、ヤギと」
「ほんとにほんとにほんとに、いいの?」
「もうっ、しつこいわね!」
 急に電話口の向こうが静かになる。コドモ相手に言い過ぎたとは思ったけど、菜々子なら泣かないと思った。泣いても嘘泣きに決まってる。
「オバサンのばかあっ!……、ヤギせんせはヤギせんせは……」
 鼻を啜る声で菜々子はしゃべり始めた。嘘泣き。私は面倒くさいと思いながら相手をした。
「ヤギが何なのよ」
「ヤギせんせ、オバサンとケンカしたって……元気なくて……オバ……ばか……うわああああっ」
 電話の向こうで菜々子はわんわん泣く。迫真の演技だと初めは呆れていた私も段々と不安になってきた。あまりにも泣くし、それでもしゃべろうとする。
「オバサ、ンの……ばか、ばかあ~っ!」
 電話口の向こうで大人の声がする。菜々子また勝手に電話して駄目じゃない、八木田橋さん?、幼稚園のお友だち?、と菜々子に聞いている。多分母親。
「もしもし、ごめんなさいね。どちらさま?」
「あ……ご無沙汰してます。青山ユキです。あの、八木田橋の……」
 そこまで言うと理解したのか、母親もご無沙汰してます、その節は娘が失礼なことを、と挨拶を始めた。
「今日も菜々子が何かしでかしたみたいで申し訳ありません」
 菜々子は悪くない、オバサンが悪いの!、と母親に抗議してるのが聞こえた。ケンカしたら仲直りするんでしょ、ママもパパと仲直りのチューするでしょ、小学校の先生だって仲直りの握手しなさいって言うもん、というようなことを泣きながら説明していた。
「すみません、菜々子、八木田橋さんと青山さんのことを心配していて……」
「え?」
「多分、菜々子は青山さんをお姉さんだと思っていて。気分を害されたらすみません、一目置いてるというか、慕っているというか。でなければ勝手に電話したりこうして泣いたりもしませんので」
「はい……」
 姉妹。私にはいないから分からない。でも憎まれ口叩いて叩かれてそれでも尚、気になってしまう菜々子。姉妹ってそんなものだろうか。
「すみません、お気に障りましたか?」
「いえ。私はひとりっ子で分からなくて。でも嬉しいです」
 嬉しい訳じゃなかった。急に言われて戸惑ってそう言った。だってこんな妹がいたら面倒くさいだけだ。電話口がガサガサとして母親から菜々子に変わった。
「オバサン……」
「何」
「せんせと仲直りして? せんせ、明日がお誕生日だからお祝いしてあげて?」
しゃくりあげながら話す菜々子。私はどうしていいか分からなかった。
「オバサン聞いてる?」
「……分かった。そのかわり、オバサンって呼ぶのをやめたらね」
「えっ、オバサンはオバサンでしょ!」
「あのね、菜々子だって赤ちゃんから見たらオバサンなのよ!」
「絶対やだ!」
「そ。じゃあヤギと仲直りしない」
「……」
 しばらく黙ったあと、菜々子はボソリと言った。
「……あおやまさん。こ、これでいい? 菜々子のヤギせんせを悲しませたらまたオバサンって呼ぶからねっ!」
と威勢良く吐き捨てると菜々子はガチャンと電話を切った。私は呆気に取られてスマホを眺めた。
 ロビーのカフェに入る。夕刻でチェックインを済ませた数組の宿泊客がくつろいでいた。何気なく窓側に座り、コーヒーを注文する。日も暮れて群青色の空が厳かな雰囲気を纏う。空からのわずかな光に反射した湖面が遠くに浮かび上がる。そういえばこの席だった。騙し取ったレッスンを返すからと言われて取りに来た日、事故で通行止めになって足止めを食らって八木田橋とケーキを食べた。私の誕生日を知ってた八木田橋はキャンドルを立ててお祝いしてくれた。
そうだ。とっさに思いついた私はコーヒーを運んできたスタッフを呼びとめた。
 コーヒーを飲み終えてぼんやりと窓を見る。
「おう」
「あ……お疲れさま」
 私服に着替えた八木田橋は私の前に腰掛けると、コーヒーとロールケーキふたつをスタッフに注文する。
「ユキはコーヒーお代わりするか? あ、悪い。“ユキさん”か」
 八木田橋はそう言うと頭をかいた。しばらく沈黙する。それでも良かった。ここで板を返すと言われたら、もう八木田橋の顔も見れなくなる。コーヒーが届く。八木田橋は大きな手でカップを持ちコーヒーを啜った。
「明日」
「うん」
「俺の誕生日」
「さっき酒井さんから聞いた。あと、菜々子」
 関節がゴツゴツした男特有の手。きっとまた冬には違う女の子に触れるんだろうと思う。その子にはせめて、私や元カノのことは知らせないで欲しい。私みたいに苦しい思いをさせないでと思う。八木田橋の隣には八木田橋も自分も幸せになれる女の子がいて欲しい、って。その手を腕を肩を目に納める。胸が締め付けられて痛いけど泣かない。泣いたら八木田橋がぼやけて見えなくなる。
 ケーキが届く。ひとつには細いキャンドルが3本立っている。スタッフは、誕生日おめでとうございます、と言いながらそれを八木田橋の前に置いた。
「いや……あ……」
 驚いた八木田橋はその大きな手を口元に当てて顎を擦る。
「私が頼んだの。明日誕生日だなんて知らなくて何も用意してなくて」
「ユキ……」
「は、早く消してよ。帰るの遅くなるから食べ終えたら板を返して」
 顎に手をやるのは驚いてどうしていいか分からないリアクション、まだ点でしかない赤ちゃんの写真を見てそうした八木田橋を思い出した。わずか1週間でもこの人の赤ちゃんを身篭れただけでも幸せだった。八木田橋はキャンドルの火を吹き消す。私は食べるフリで俯く。涙が零れたことに気付かれたくない。
「……ハッショウ」
 突如、八木田橋が呟いた。
「ハッショウ?」
「柏市立第八小学校」
「……ヨンチュウ」
「ヨンチュウ?」
「柏市立第四中学校。なんか味気ねえよな、数字なんてよ」
 八木田橋はキャンドルを取り除き、ケーキを一口食べた。
「弟はふたつ下。デキ婚で去年結婚した。嫁さんはユキと同い年」
 ユキは早生まれだから学年は違うか、と八木田橋は話を続ける。私は呆気に取られて相槌も打てずにいた。八木田橋はコーヒーを啜ってはケーキを口に入れ、実家の話をする。はっきりしない弟の態度に業を煮やした彼女が弟を騙して行為を誘い、その結果妊娠、それで実家に彼女の親が怒鳴りこんで騒ぎになったこと、両親は昔からトレッキングが趣味で毎年尾瀬と五色沼に出掛けて、親父はカメラで写真を、お袋は水彩でスケッチを、山に出掛けては構図が違うと喧嘩ばかりしてる、と。突然どうしてそんな話を持ち出したのか戸惑う。でも八木田橋は皿に乗ったケーキを崩しては口に運び、独り言のように話を続ける。
「おい、聞いてるのかよ」
「う、うん……」
「なんだよ、その返事。知りたくねえのかよ? 出身校知りたいって言ったのはユキだろ」
「だって私、私は……」
 別れたのに、八木田橋だって分かったって言ったのに。そう思いながら八木田橋の顔を見つめる。ケーキ皿を手にしていた八木田橋は私をチラッと見て、アホ、と言うと目を逸らして残りのケーキをひとくちに入れた。
「悪かったよ。支えてやれなくて。仕事を辞めることとか親をひとりにすることとか、俺、焦らせただろ」
「……ち、違うの。また流産するのが怖かった。私じゃなくて元カノとか他の女の子の方がヤギも幸せなんじゃないか、って。沢山の子どもに囲まれた方が幸せなんじゃないか、って。私じゃ産めないかもしれないって……」
「アホ。そんなことで」
「そんなこと? そんなことって。子を授かれないことがどんなに」
「違うよ」
「何が」
 それだけで分かれよ、と八木田橋は自分のケーキを食べ終えると手を伸ばして私のケーキを取り上げた。
「ちょ、ちょっと!」
「なんだ、食うのかよ」
「当たり前でしょ」
 ケチケチすんなよ、俺のお祝いなんだろ?、と八木田橋はお構いなしに私のケーキを食べはじめた。近くを通るスタッフに追加のケーキを注文する。
「俺、分かったとは言ったけど、別れるなんて言ってねえし。それに……“恋雪”じゃなきゃ駄目だから」
 雪に恋するで“恋雪”。もしかして恋雪の雪は私のユキ……? 八木田橋を見るけど奴はお構いなしに私のケーキを口に運ぶ。少し頬の赤い八木田橋。きっと八木田橋は私じゃなくちゃ駄目だって言いたいんだと思った。
「ヤギ……ねえ、それって」
「それだけで分かれよ。ったく、ダ埼玉人は」
「ダサ……か、柏だって大して変わんないわよ!」
「海無し県の分際でうるせえよ」
「本当に……本当に私でいいの?」
「当たり前だろ」
「だって」
 八木田橋は恥ずかしいのか頬を赤くしたまま目を逸らしてコーヒーを啜る。こんな風に照れる八木田橋を見るのは初めてかもしれない。そう思って眺めてると突然、八木田橋は下から見上げるようにしてニヤリと笑った。
「ユキの説明に分かったとは言ったけどよ、あれであのとき引き止めたらお前俺のこと川に突き落としただろ?」
「そ、そこまでしないわよ」
「はあ? そうか?」
 怒って雪を首に突っ込むわ携帯は投げるわ菜々子を泣かすわ、ユキならやりかねないな、と八木田橋は私をからかう。八木田橋流の支え方。きっとこれから先辛いことがあっても、八木田橋ならこんなふうに何でも払いのけてくれるだろう。追加のケーキが届いく。
「早く食えよ。板、見るだろ」
「あ、うん」
 八木田橋は二つ目のケーキを食べ終えると、私を真っ直ぐに見る。その表情は優しくて、私は少し戸惑った。
「な、何よ。私に見取れてる訳?」
「アホ」
「それともまだ食べ足りない訳?」
「ああ。やっぱりチョコケーキが食いてえな」
 八木田橋は、しばらく食ってねえし、と呟いた。
 ケーキを食べ終えて板を取りに八木田橋の部屋に向かう。ミニコンビニの脇の鉄扉を押し開けて長い渡り廊下を歩く。階段を登り、八木田橋の部屋に入る。
「ほら、新品みたいだろ」
「うん……」
 入ってすぐの壁に2組の板が立てかけてあった。大小、同じ柄のスキー板。シリアルナンバーの刻まれた限定モデル。横に並べられた板たちは、まるでここが自分の居場所だと主張するかのように寄り添う。
「……イスタン」
「はあ?」
「板、ここに置いといてもいい?」
「ああ。構わないけどよ」
その民族が住むべき場所。八木田橋と私を紡いでくれた板はここがそうだと私にそう語り掛ける。
 失うんじゃない。怖いことなんてない。確かに仕事も辞めるし浦和での便利な生活も手放す。生まれ育った家も土地も離れる。確かに失う。でも失うばかりじゃない、ここで新しく何かを作る。作るために来るんだ、って瞬間的にそう頭に浮かんだ。八木田橋と一からすべてを。そうしてここが私のイスタンになる。
「あ、鍵預かってる」
「泊まってくだろ」
 素直にうなずく。酒井さんから渡された鍵の番号は315。初めてここに来たときに宿泊した部屋。八木田橋に初めて抱かれた部屋。
 渡り廊下をもどりコンビニに行く。今夜の夕飯の食材、チョコケーキの材料、泊まりの支度はしてなかったから下着や化粧品などを買った。八木田橋は酒を物色しながら、イチゴ柄のパンツはあったか?、と私をからかう。コンドミニアムの部屋で食事を作る。八木田橋は隣で酒を飲みながら手伝う。出来るそばからつまみ食いをする八木田橋と競うように食べて。
 チョコケーキも焼き上がり、あのときを思い出しながら食べる。私のことは遊びなんだと諦めていた。八木田橋も私を思い、ここに呼ぶことを諦めていた。そう互いに思いながら口にしていたケーキ。でもこれからは違う。今夜からはこれがふたりの味になる。
 ひと通り作って食べて、洗い物をしようとシンクの前に立つ。
「俺が洗う。爪が傷付くんだろ」
 背後から八木田橋の声がした。
「たった3日で」
 後から抱きしめられた。あのときと同じシチュエーション、同じ言葉
「たった3日で俺、あのとき結婚まで考えた」
 八木田橋は私を更にきつく抱きしめる。本当はきっとあのときにそう言いたかったんだと思った。
「たった3日で、俺、軽いか?」
 私は首を横に振る。きっと私だってあのときにはそこまで惹かれていた。私を抱きしめる八木田橋の大きな手に自分の手を重ねる。
「ユキ、一緒に生きていこう」
 私は声も出せず、ただ頷いた。

(おわり)