*30
朝のメール、夜のメール、週末は電話。八木田橋はどれも欠かさなかった。
『明日夕方、迎えに行く。外で飯食うか?』
『ヤギは何が食べたい? 和食、洋食、居酒屋系?』
メールでやり取りをする。甘いもん食いたい、と返事が来る。何でもいい、って言わないのも八木田橋なりの気遣い方だ。任せるとか何処でもいいと相手任せにしない。
仕事から帰宅して、玄関に横付けされた八木田橋の車に乗る。すると八木田橋は助手席のシートに片手を掛け、身を乗り出してキスをした。恥ずかしくて俯く。何照れてんだよアホ、と八木田橋は私の額を小突く。
「か、母さんに見つかったらどうするのよ?」
「ちゃんと確認したし」
八木田橋は車を発進させた。スピーカーから流れる音楽に合わせて鼻唄混じりにハンドルを切る。いつの間に辺りを見回してたんだろう。ちゃんと確認して、スムーズに手を回して唇を重ねて。キスをしたあとは優しく笑って私を見て。うちに初めて来たとき、駅まで送ったときにも車の中で慣れた手つきで私にキスをした。
到着したのは有名なケーキ屋さんが始めたオーダーバイキングのレストランだ。ミニコース仕立てでサラダやスイーツが食べ放題になっていて、お城みたいな外装と内装に予想はしていたが客の9割は女性だった。八木田橋の顔を見上げると嬉しそうにケーキ棚を見ている。嫌がる様子は全くない。
「よし、食うか!」
むしろ喜んでいた。前菜の前にケーキだ!、と立ち上がり、棚に向かう。取り皿にチョコケーキを3つも乗せ、満足げだ。ただでさえ目立っていた八木田橋はさらに女性客の目を引いていた。皆が振り返る。モテるかモテないかと問われればモテる部類だと思う。酒井さんだってそう言ってた、女の子から声を掛けて来るって。
「どした?」
「あ……ううん」
無類のチョコケーキ好きの八木田橋は早速ケーキに食らい付く。
「も、元カノって」
「モトカノ……ああ」
「何処に住んでたの? 遠距離でしょ?」
「東京。あの頃は板の開発でスポーツ工学スキー専門の教授の所に行ったり制作会社にも用事があったからあんまり遠距離って感じはなかったな」
「じゃあ、その度に会ってた?」
「ああ。それより爪、辞めたのか?」
「ううん。薬局がそういうのあまりいい顔しないから平日はしてない」
毎回こうして食事をして毎回彼女を送り迎えして、毎日メールもして週末には電話もしただろう八木田橋は遠距離恋愛には慣れている。彼女のネイルや髪型にも気付いて何か感想も言ったり、助手席に彼女を乗せる度に身を乗り出してキスもしてたんだろう。八木田橋は再び席を立ち、サラダを取りにいった。後ろ姿を眺める。幅のある肩、筋肉質の腕。きっとその体で元カノを抱いた……。考えたって仕方がない。終わったことだ。でも考えてしまう。だって昨シーズンに知り合って、去年の今頃はまだ彼女と過ごしてたのだから。
山盛りサラダに意気揚々ともどってきた八木田橋は早速がっつく。
「ねえ、好きだった?」
「爪か?」
「違うわよ、元カノ」
「嫌いで付き合うかよアホ。こっちは桜は終わったんだな」
「うん。それでも今年は遅い方だった」
「なあ。ゴールデンウイーク、猪苗代に来るか?」
そういえば妊娠騒ぎで花見なんてしてなかった。
「花見したいだろ? あっちはこれからが見頃だからさ。川沿いの桜並木がすげえ綺麗だし、そうだ、画像が」
八木田橋はシャツやジーンズのポケットをまさぐった。でもスマホは車の中に置いてきたらしく、後で見せると言うと突然クスクス笑い出した。
「な、何よ?」
「安心しろよ」
元カノのことを考えてるのがバレたかと思った。元カノとも桜を眺めたのか、って。
「ちゃんと模擬店出るし。団子も食えるから安心しろよ」
「だ、団子を食べたいのはヤギの方でしょっ!」
俺はケーキ専門だしユキみたいに雑食じゃねえし、と八木田橋は笑う。直に前菜や料理も届いて二人で食事をする。八木田橋は美味しそうに平らげてコーヒーを啜る。食事を終えて車にもどると八木田橋はスマホを取り出した。
薄暗い車内、画面からの青白い光が八木田橋の顔を照らす。スクロールする指に合わせて若干その色合いが変わる。一瞬、その八木田橋の表情が強張ったのが見えて私は画面をのぞき込んだ。
「……」
あの画像。リフトに乗って元カノと一緒に写ってる写真。私は気まずくて知らないフリで運転席と助手席の間に置いてあるティッシュを引き出した。
「あ、これこれ」
八木田橋は何事もなかったように画面を私に向けた。小さな川の岸に並ぶ桜の画像。堰から流れる水に花びらが散り落ちる。
「綺麗だね」
「ユキは花より食いもんだろ?」
「ヒド……」
突然視界が暗くなる。八木田橋は私の唇を唇で塞いだ。出掛けにされた優しいキスとは違う。私をシートに押しつけて息も出来ないくらいに八木田橋は私の口内を貪った。私は苦しくてヤギの胸を押し返した。唇が離れた。
悪い、と言いながら上体をもどして髪を掻き上げる。何か言いたげに頭を掻く。
「ユキ……早く猪苗代に来ないか?」
「早く行ったって桜は咲いてないでしょ?」
アホ、と八木田橋は言ってハンドルに手を掛けてもたれた。
「だから。毎日、ユキの飯が食いてえし」
「食べ物ばかり考えてるのはヤギの方じゃない……」
八木田橋は、うるせえ、と言ってキーを回してエンジンを掛けた。自宅にもどる。明かりは点いておらず、ダイニングには妹のところに行く、と母の書き置きがあった。お母さんに気を遣わせちまったな、シャワー借りるぞ、と八木田橋は浴室に行った。私は母が用意してくれた布団を仏壇のある和室に敷く。でも結局は八木田橋は私の部屋に転がり込んだ。
今夜で抱かれるのは3度目、八木田橋は荒々しく大きな手で愛撫をし、唇で優しく私の肌を吸う。そしていつの間にか枕元に用意していた避妊具を付け、私とひとつになると、背中とシーツの間に腕を入れて私の体をきつく、きつく抱きしめた。
朝のメール、夜のメール、週末は電話。八木田橋はどれも欠かさなかった。
『明日夕方、迎えに行く。外で飯食うか?』
『ヤギは何が食べたい? 和食、洋食、居酒屋系?』
メールでやり取りをする。甘いもん食いたい、と返事が来る。何でもいい、って言わないのも八木田橋なりの気遣い方だ。任せるとか何処でもいいと相手任せにしない。
仕事から帰宅して、玄関に横付けされた八木田橋の車に乗る。すると八木田橋は助手席のシートに片手を掛け、身を乗り出してキスをした。恥ずかしくて俯く。何照れてんだよアホ、と八木田橋は私の額を小突く。
「か、母さんに見つかったらどうするのよ?」
「ちゃんと確認したし」
八木田橋は車を発進させた。スピーカーから流れる音楽に合わせて鼻唄混じりにハンドルを切る。いつの間に辺りを見回してたんだろう。ちゃんと確認して、スムーズに手を回して唇を重ねて。キスをしたあとは優しく笑って私を見て。うちに初めて来たとき、駅まで送ったときにも車の中で慣れた手つきで私にキスをした。
到着したのは有名なケーキ屋さんが始めたオーダーバイキングのレストランだ。ミニコース仕立てでサラダやスイーツが食べ放題になっていて、お城みたいな外装と内装に予想はしていたが客の9割は女性だった。八木田橋の顔を見上げると嬉しそうにケーキ棚を見ている。嫌がる様子は全くない。
「よし、食うか!」
むしろ喜んでいた。前菜の前にケーキだ!、と立ち上がり、棚に向かう。取り皿にチョコケーキを3つも乗せ、満足げだ。ただでさえ目立っていた八木田橋はさらに女性客の目を引いていた。皆が振り返る。モテるかモテないかと問われればモテる部類だと思う。酒井さんだってそう言ってた、女の子から声を掛けて来るって。
「どした?」
「あ……ううん」
無類のチョコケーキ好きの八木田橋は早速ケーキに食らい付く。
「も、元カノって」
「モトカノ……ああ」
「何処に住んでたの? 遠距離でしょ?」
「東京。あの頃は板の開発でスポーツ工学スキー専門の教授の所に行ったり制作会社にも用事があったからあんまり遠距離って感じはなかったな」
「じゃあ、その度に会ってた?」
「ああ。それより爪、辞めたのか?」
「ううん。薬局がそういうのあまりいい顔しないから平日はしてない」
毎回こうして食事をして毎回彼女を送り迎えして、毎日メールもして週末には電話もしただろう八木田橋は遠距離恋愛には慣れている。彼女のネイルや髪型にも気付いて何か感想も言ったり、助手席に彼女を乗せる度に身を乗り出してキスもしてたんだろう。八木田橋は再び席を立ち、サラダを取りにいった。後ろ姿を眺める。幅のある肩、筋肉質の腕。きっとその体で元カノを抱いた……。考えたって仕方がない。終わったことだ。でも考えてしまう。だって昨シーズンに知り合って、去年の今頃はまだ彼女と過ごしてたのだから。
山盛りサラダに意気揚々ともどってきた八木田橋は早速がっつく。
「ねえ、好きだった?」
「爪か?」
「違うわよ、元カノ」
「嫌いで付き合うかよアホ。こっちは桜は終わったんだな」
「うん。それでも今年は遅い方だった」
「なあ。ゴールデンウイーク、猪苗代に来るか?」
そういえば妊娠騒ぎで花見なんてしてなかった。
「花見したいだろ? あっちはこれからが見頃だからさ。川沿いの桜並木がすげえ綺麗だし、そうだ、画像が」
八木田橋はシャツやジーンズのポケットをまさぐった。でもスマホは車の中に置いてきたらしく、後で見せると言うと突然クスクス笑い出した。
「な、何よ?」
「安心しろよ」
元カノのことを考えてるのがバレたかと思った。元カノとも桜を眺めたのか、って。
「ちゃんと模擬店出るし。団子も食えるから安心しろよ」
「だ、団子を食べたいのはヤギの方でしょっ!」
俺はケーキ専門だしユキみたいに雑食じゃねえし、と八木田橋は笑う。直に前菜や料理も届いて二人で食事をする。八木田橋は美味しそうに平らげてコーヒーを啜る。食事を終えて車にもどると八木田橋はスマホを取り出した。
薄暗い車内、画面からの青白い光が八木田橋の顔を照らす。スクロールする指に合わせて若干その色合いが変わる。一瞬、その八木田橋の表情が強張ったのが見えて私は画面をのぞき込んだ。
「……」
あの画像。リフトに乗って元カノと一緒に写ってる写真。私は気まずくて知らないフリで運転席と助手席の間に置いてあるティッシュを引き出した。
「あ、これこれ」
八木田橋は何事もなかったように画面を私に向けた。小さな川の岸に並ぶ桜の画像。堰から流れる水に花びらが散り落ちる。
「綺麗だね」
「ユキは花より食いもんだろ?」
「ヒド……」
突然視界が暗くなる。八木田橋は私の唇を唇で塞いだ。出掛けにされた優しいキスとは違う。私をシートに押しつけて息も出来ないくらいに八木田橋は私の口内を貪った。私は苦しくてヤギの胸を押し返した。唇が離れた。
悪い、と言いながら上体をもどして髪を掻き上げる。何か言いたげに頭を掻く。
「ユキ……早く猪苗代に来ないか?」
「早く行ったって桜は咲いてないでしょ?」
アホ、と八木田橋は言ってハンドルに手を掛けてもたれた。
「だから。毎日、ユキの飯が食いてえし」
「食べ物ばかり考えてるのはヤギの方じゃない……」
八木田橋は、うるせえ、と言ってキーを回してエンジンを掛けた。自宅にもどる。明かりは点いておらず、ダイニングには妹のところに行く、と母の書き置きがあった。お母さんに気を遣わせちまったな、シャワー借りるぞ、と八木田橋は浴室に行った。私は母が用意してくれた布団を仏壇のある和室に敷く。でも結局は八木田橋は私の部屋に転がり込んだ。
今夜で抱かれるのは3度目、八木田橋は荒々しく大きな手で愛撫をし、唇で優しく私の肌を吸う。そしていつの間にか枕元に用意していた避妊具を付け、私とひとつになると、背中とシーツの間に腕を入れて私の体をきつく、きつく抱きしめた。